一昨年(2014年)に、十三間通りClick!(新目白通り)沿いに建っていた下落合が長い河野建設の社屋が解体Click!され、さらにその先にある西武線の南側に建っていた下落合の新宿区立中央図書館が戸山移転のために解体Click!されたとき、七曲坂Click!から眺める光景に少なからず慄然とした。不忍通りから早稲田通りまでを貫通する大通りの用地買収が進む、かつては閑静だった目白台の光景が目の前に浮かび上がったからだ。
 河野建設の跡地には、リフォームが専門のホームセンターが建設されたが、道幅の広い十三間通り沿いにもかかわらず低層の3階建てコンクリート建築だったことから、相変わらず補助73号線Click!の“しばり”=建築規制があることは歴然としていた。補助73号線Click!は、目白通り沿いのピーコックストアから日本聖書神学校Click!横を通り、下落合の住宅街を縦断して落合中学校の校庭を削り、鎌倉期に拓かれた七曲坂Click!を全面的につぶし、下落合氷川明神社Click!横から旧・新宿区中央図書館の敷地をへて、小滝橋Click!方向へ斜めに抜ける東京都建設局道路建設部の計画だ。
 河野建設や中央図書館が解体され、しばらく空き地状態がつづき早稲田通りまでが見通せるような風情に変貌したとき、緑が多く残る閑静な住宅街や、800年近い歴史や物語がやどる七曲坂が消滅する光景を、危機感をもってリアルに思い浮かべてしまった。いや、この問題は下落合地域ばかりでなく、上屋敷公園Click!をつぶして自由学園明日館の北側から大通りを横断的に造ろうとしている西池袋から目白地域や、同じく昔ながらの住宅街をつぶして斜めに大道路を貫通させようとしている上戸塚地域(現・高田馬場3丁目)でも、まったく同様の課題だろう。
 だが、中央図書館の跡地に新宿区の複合施設として建設されるビルと、新たな地域図書館である「下落合図書館」ビルの計画が発表されたとき、期せずして「おや?」とつぶやいてしまった。同図書館は予想に反して5階建てのビルで、建築デザインのコンセプト・キーワードに「七曲坂」をはじめ、下落合の連続したグリーンベルトClick!を象徴させる「おとめ山公園」「野鳥の森公園」「薬王院」、湧水の「目白崖線」などの言葉が散りばめられていたからだ。明らかに、七曲坂を全的に消滅させようとしている東京都の補助73号線計画とは、正面から対峙する建築コンセプトであることがわかる。
 図書館の西隣りに建設される新宿区の複合施設は、西部公園事務所・西部工事事務所・災害時備蓄倉庫などが入る予定だという。これは、中央図書館が下落合にやってくる以前、1960年代の新宿区「西部土木事務所」の役割りを一部復活させる動きだろう。また同ビルには、保育施設や介護保険施設などの民間施設も入る予定だという。つまり、これらの施設は建築の規模や意匠、その役まわりも含め補助73号線計画を前提に、いつでも計画が進捗したときに解体して移転することが「できない」、周辺住民の生活インフラづくりだということになる。


 さて、3年ほど前、総務省や国土交通省の統計数字をベースに、補助73号線Click!がいかに時代に見あわないものであるかを記事にしたことがあったが、あれからさらに判明した事実があるのでご紹介したい。同記事では、都市部を中心に若い子たちのクルマ離れについて書いたが、その中でそもそも運転免許さえ取得しない(取得できない)“引きこもり”の人々についても触れた。その人口が、若年層の15~34歳だけの数値でみても、63万人にものぼることが内閣府の調査(2014年)で判明している。全年齢でみれば、ゆうに100万人を超える規模だろう。また、ここ数年で高齢者ドライバーによる運転錯誤の事故が急増し、おもに都市部で運転免許の再交付がさらに厳格化・限定化される動きが顕著になりつつある。つまり、1946年(昭和21)から計画されている補助73号線は、クルマの増加と道路混雑を理由に建設が予定されたままになっているが、クルマの利用者が増加し道路が混雑する要因が、もはやどこにも存在していないということだ。
 さらに、もうひとつ明らかになった事実がある。東日本大震災のとき、NHKが各自動車会社に協力を求めて収集した毎秒の膨大なGPSデータによる、東京23区内の大震災時における道路網の詳細な状況解析データだ。これは先年、ドキュメンタリーとしてTVで放映されたので、記憶されている方も多いだろう。TV番組では、ほとんど初の本格的なIoT/ビッグデータ解析による状況再現だが、2011年(平成23)3月11日の地震発生時から翌朝にいたるまで、首都圏の主要道路がほとんどマヒ状態だった事実が判明している。

 
 首都圏の外周域へ乗客を運んだタクシーや物流トラックなどが、翌日まで都内にもどれない様子や、世田谷区や杉並区では道路が渋滞し、救急車両が高齢者の自宅へたどり着けない事実も明らかにされた。つまり、急病人が発生した際の救急車ではなく、消防車が出動する緊急事態が生じた場合、消火車両が火災現場までとてもたどり着けない実態が浮かび上がったのだ。先の東日本大震災は東京が激震地ではなかったため、幸い火災は最小限で済んだけれど、東京直下の活断層あるいは相模トラフが震源となった場合、首都圏の道路に「防災道路」、つまり緊急時の物流・輸送・移動ルートとしての役割りを期待することが、いかに危険で無意味であるかが歴然としている。
 換言すれば、首都圏における「防災道路」などという言葉は、それ自体が東日本大震災時の事実にもとづかない“論理矛盾”の幻想にすぎず、渋滞を起こしたクルマが並ぶ、または乗り棄てられたクルマのガソリンタンクがどこまでも連なる、阪神淡路大震災時や東日本大震災時の東北の一部地域と同様に、大火災の“導火線”になりかねない状況が、改めて浮き彫りになったということだ。
 補助73号線の建設理由として、クルマの増加や交通混雑の緩和という名目が維持できなくなった東京都は、次に「防災道路」などという摩訶不思議な理由を持ちだして建設の目的をスリカエるとすれば、もはや大火流Click!を招き寄せるリスクを拡大するに等しい愚策といえるだろう。現在の魚市場の移転問題が象徴的なように、東京都の“見えない化”が進んだ組織は、70年前に一度決めた道路計画を危険やムダとわかっていても、止められないほど劣化・硬直化・無責任化しているのが実情なのだ。



 中央図書館の跡地に建設中の、下落合図書館や複合施設が入るふたつのビルだが、ひとつ気になる点がある。それは、地下室が存在しないことだ。地下室のないビルは基礎も浅く、解体・整地化は比較的容易だといえるだろう。でも、神田川に近接しているビルでもあり、大雨のときに地下水脈が膨張して地下室への浸水Click!を懸念し、あらかじめそのリスクを回避した設計構造だ……と、ここは好意的かつ前向きに解釈しておきたい。

◆写真上:新宿区中央図書館の跡地、下落合1丁目9番地に建設中の下落合図書館。
◆写真中上:上は、一昨年に七曲坂から撮影した解体を終えた河野建設と解体中の中央図書館。下は、落合中学校の西側から七曲坂へ南下する補助73号線の計画。
◆写真中下:上は、七曲坂の下が空き地だらけになっていたGoogle Earthにみる2015年の様子。下は、下落合図書館の完成予想図(左)と複合施設も含めた完成模型(右)。
◆写真下:上は、下落合図書館の工事計画。中は、2016年の暮れに竣工予定の新宿区複合施設。下は、NHKが車両のIoT/ビッグデータ解析で作成した2011年(平成23)3月11日午後6時24分16秒現在の東京西部の道路状況。建物を重ねているので見えにくいが、ほとんどの道路が奥の都心部道路と同様に赤色(渋滞)で機能していない。このあと、翌3月12日の午前0時すぎぐらいまで帰宅困難者の移動と重なり、さらに主要道路網はほとんどが赤色=大渋滞を招くことになった。
★10月に入ったのに、相変わらずのセミ時雨に混じってヒヨドリや秋の虫の音が聞こえ、周囲にはキンモクセイの香が漂う奇妙な陽気だ。
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