うちには、噛んで引っ掻くのが得意な、3歳になる牝ネコがいる。はっきり言ってバカネコだ。白猫にキジトラ、茶トラ、三毛猫が合わさった、要するに得体の知れない雑種で、近くの公園でひろった。この季節、彼女の居場所は決まっている。陽が差し込むベランダあたりの床か、掘りごたつの中か、干し終わった布団の中か、オーディオ装置の間だ。特に、眠くないときは真空管のプリアンプとパワーアンプ、またはプリアンプとCDプレーヤーの間に挟まって、人間どもを観察していることが多い。音楽を聴いていると、さっそくやってきては真空管が温まったころを見はからって間へもぐりこむ。
 さすがのオバカ頭も、パワーアンプのむき出しになった真空管やコンデンサーは「熱いったらないわ!」ということを学習したらしく、最近はプリアンプとCDプレーヤーの間が定席のようだ。クラシックを聴いてたりすると、ときどきウィーンphの艶っぽい弦楽の響きに感動するせいか、「ニャーオ」と反応をみせることもある。シベリウスの『レミンカイネン組曲』を聴いていたら、「トゥネラの白鳥」の盛り上がりのいいところで、いきなり「ニャーオ」ときたもんだ。「あっち行け!」…と言っても行かない。「シッシ!」…と言っても動かない。「この、オバカ!」と言うと、どういうわけか「バカ」という言葉はわかるらしく、耳を伏せて睨んだりする。

 クナッパーツブッシュの『指輪』を聴いていたとき、フラグスタートのジークリンデに反応しまくって「ア~オ、ア~オ、ア~オ!」状態になったから、「このバカモノ!」と装置の間から噛まれつつも、無理やり引きずり出した。すると、スピーカーのサランネットで思いっきりツメを研いで、CDジャケットを蹴散らしながら逃げていった。人の嫌がることだけは、ちゃんと学習できるようなのだ。