「下落合風景」佐伯祐三の視線Click!へ、練馬区立美術館の横山様がコメントをお寄せくださったので、さっそく「佐伯祐三-芸術家への道-」Click!へ出かけた。佐伯の作品等が140点も一堂に展示されるのは、実に27年ぶりとのこと。わたしも、これほど大規模な佐伯祐三展を観るのは、初めての経験だった。
 美術書でしか目にすることのなかった彼の主要作が、ところ狭しと並べられているのに圧倒される。しかも、絵とはなんの隔たりもなく、すぐ目の前で鑑賞できるのがとてもうれしかった。以前、新宿区で行われた「下落合風景」展(新宿歴史博物館)では、佐伯の作品はガラスケースに入れられて、近寄ることができなかったのだ。そう、今回の展覧会では12点もの「下落合風景」に接することができた。下落合の風景らしい「雪景色」を入れると、つごう13作品ということになる。
 さて、以前に目白文化村シリーズの「第三文化村」メニューの中で、佐伯祐三のアトリエ紹介Click!とともに「下落合風景」の場所特定を試みたことがあった。そのページで上掲①の作品の場所を、西坂をあがって落合小学校から箱根土地本社へと抜ける尾根道としていた。
 でも、この作品には、ほぼ同位置からのバリエーションが他に2点存在することが、今回の展覧会でわかった。「下落合風景」は“個人蔵”の作品が多いので、こういう機会がないとなかなかわからない。しかも、上の作品①を間近で観ると、箱根土地のレンガ建て本社ビルだと見えていた▼部分が、実は下の樹木から連続した絵の具による描画、つまり手前の樹木のさらに奥にある、単なる特異なかたちの枝葉らしいことがわかった。
 下の作品が、バリエーション作の2点だ。描く位置は少しずつずれているものの、ほぼ同じ道を同じような角度から描いているように見える。道を歩く人物たちにも共通点が多い。だが、箱根土地の本社ビルだと想定していた盛り上がりが、下の2作品ではまったく消えてしまっている。
② 
 しかもおかしなことに、同じ場所を描いているにもかかわらず、3点ともに地形の表現がバラバラだ。まず①は、左へいくにつれ家々の屋根が低くなるので、左側が斜面のように見え、必然的に中央の道路は尾根道のように感じられる。だが②になると、左傾斜は感じられずに、今度は右側が傾斜しているような感覚にとらわれる。3作品とも登場する(犬を連れて)ハットをかぶった人物が、道を右折した様子が描かれているが、階段があるのかないのかはわからないものの、右へとくだって上半身のみが見えているようだ。そして③は、奥へと伸びる道路自体が下り坂のように感じられてしまう。正面奥にある建物の屋根が、他の2作品に比べて明らかに見え方が低いのだ。
 他にも、この3作品はいろいろな点で微妙に異なっている。前方に見えている家のかたちや配置、電柱の位置関係はほぼ同じだが、作品②③の「貫(ぬき)」の足りない神明鳥居のように見えている、左側の白い奇妙な構造物(③では黒っぽく描かれている)や、③のみに街灯が挿入されているなど、不思議な点がいくつか見つかる。この3枚の絵を、描画ポイントで考えると以下のようになる。

 こうしてバリエーション作品とも比べてみると、この通りが西坂の上から西へと向かう尾根道であったかどうかは疑わしい。これらの絵が描かれた1926年(大正14・昭和元)前後、作品①を観て、ゆるく右へとカーブしたこの道の先に見えるのは、このあと昭和初期に建て替えの始まる落合小学校(現・落合第一小学校)の大正期校舎だと想定し、その向こうには旧・箱根土地の本社ビルが見えている・・・としたのだが、いまではそうではないような気がする。どなたか、この景色に見憶えのある方はおられるだろうか?

 「佐伯祐三-芸術家への道-」展を見終わって、正直かなりくたびれた。“暗い”絵が多いせいもあるのだが、時代とともに風景も建物も、そして人物までもが左へ左へと傾いていき、次々に鑑賞してると中へ吸い込まれそうな気持ちの悪さを感じる。「下落合風景」の作品群も、南斜面の明るい陽光からはほど遠く陰気だ。美術館前のベンチで吸ったタバコが、なんともまずかった。

■写真:1936年(昭和11)の、西坂上につづく尾根道。佐伯祐三の「下落合風景」作品群が描かれてから、10年後に撮られた空中写真だ。すでに、落合小学校の新校舎が完成している。この校舎の左上に、旧・箱根土地本社ビルがある。戦後すぐのB29から撮影された空中写真や大正期の地図なども参照しながら、再び「下落合風景」の何点かの描画位置を特定してみたい。