先日、奥様のお誘いで中村彝アトリエの庭にたわわに実る、夏みかん狩りをさせていただいた。そのまま果実として食べるには、まだ少し収穫が早いのだけれど、マーマレードにするには酸味が強く残るいまぐらいの時期がちょうどいい。にわか庭師に変身したわたしは、木登りをする覚悟で汚いかっこうをしてさっそくお邪魔した。
 夏みかんの木は、土が合えば驚くほど成長が早い。アトリエの庭にある夏みかんは、枝の先端が2階の屋根を超えそうな大きな木もある。中村彝がここで仕事をしていたころ、夏みかんの木の記述は見かけないので、昭和初期に植えられたものだろうか? いちばん低いところになる果実でも、ゆうに3mの高さがある。もっとも高いところでは、7~8mぐらいだろうか。さっそく、はしごを使って木に登り収穫開始。
 庭バサミがとどいたのは3mほどの実だけで、あとはまったくとどかない。しかたがないので、物干しざおをお借りして枝を強打し、はたきき落とすことにした。地面が土のままなのと、密生した枝葉が間にあるので、少しぐらい高いところから落としても果実にキズがつかない。でも、完熟していない果実は、枝を強打してもなかなか落ちなかった。腕が疲れて、木にしがみつきながらふと振り返ると、中村彝のアトリエを屋根の高さから見下ろしていることに気づく。木にでも登らなければめったに見られない、アトリエの新鮮な姿だ。中村彝も、この角度からアトリエを見たことは一度もなかっただろう。
 
 1時間ほどで、30個ほどの大きな果実が収穫できた。はしごに登って、なおかつ物干しざおでさえとどかない7~8mの高さにある果実は、惜しいけれどさすがにあきらめることにする。よく見かける、品種改良された「甘夏みかん」ではなく、昔ながらの生っ粋の無農薬夏みかんだ。マーマレード作りにはもってこい。収穫している最中から、もう柑橘系の強い香りが漂っていた。そのまま食べたら、口がまがるほど酸っぱいだろう。まだ「甘夏みかん」が存在しなかった子供のころ、よく夏みかんをむくと果肉に砂糖をかけて食べていた。でも、砂糖の分量を間違えると、今度は苦くなってしまうので加減がむずかしかったのを憶えている。
 おすそ分けでいただいた夏みかんで、さっそくマーマレードを作る。皮をむき、皮の裏側にある「綿」や「筋」をていねいに取り除いてから、皮を薄切りにして鍋に放り込む。少し果肉も混ぜると、酸味がきいた美味しいマーマレードができる。ためしに、むいた果肉をオスガキに食べさせたら、あまりの酸っぱさにその場へ卒倒した。
 皮と適度な果肉を入れた鍋に、これでもか・・・というぐらいのグラニュー糖を入れ、弱火で煮る。30分ほどで砂糖が溶けて、グツグツいいはじめるので極弱火にしてさらに30分。皮が透き通ったあめ色になったら味見をして、甘味と酸味のバランスを調節。酸味好きは、仕上げにレモン汁を加える人もいる。蜜色に変色してきたら火を止めて、はい、「中村彝印マーマレード」のできあがり。
  
 わたしが、夏みかんを収穫している最中に、アトリエに面した道路で盛んにメモを取るか、写生をしている方がいた。「アトリエのみかん狩り」とかいうタイトルで記事か絵を見かけられたら、そこに描かれた人物は、何十年ぶりかの木登りで足元さえおぼつかないわたしだ。

■写真上:木登りをして、2階のベランダぐらいの高さから見下ろすアトリエの姿は新鮮だ。
■写真中:どの果実も、見事に大きくて重い。
■写真下:左から、マーマレード作り開始、30分後、60分後。