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まぼろしのアトリエ窓とドアを追え。 [気になる下落合]

 この写真が掲載された、中村彝の関連図書の多くには、「画室で制作中の中村彝」といったキャプションが添えられていることが多い。でも、このような場所は、現在の画室(狭義のアトリエ)には存在しないのだ。はたして、ここはどこだろうか?
 1918年(大正7)に撮影された写真といわれているので、間違いなく下落合のアトリエでのショットだと思われる。腰高までの壁板にドアの意匠など、明らかに現在のアトリエ内でも見ることができるデザインだ。だが、このような窓とドアとが位置する場所は、いまのアトリエには見当たらない。日本建築学会の小道さんによれば、これは画室ではない場所(たとえば居間)で仕事をしている彝ではないか・・・という推理をいただいた。理由は、窓が押し上げ式の仕様であり、画室内の採光窓とは明らかに異なること。採光窓にカーテンをかけることは、通常は考えにくいこと・・・の2点だ。
 つまり、下に掲載した現在の居間(写真右)の、やや右手に向けて撮影されているという解釈が成り立ちそうだ。外側から鎧戸(がらり戸)の閉じられた窓も、昔日の居間の窓にきわめて近似している。右手のドアは、現在の居間には見当たらないが、それらしいスペースがいまも残っているし、関東大震災の前後に改築されて、レイアウトが大きく変わっているのかもしれない・・・。わたしも、しばらくは画室ではなく、居間へ道具を持ち込んで仕事をするショットだと考えていた。
 
 だが、疑問が浮かんだのは、明らかに画室でモデルをデッサンする中村彝の写真Click!で、採光窓にかかるカーテンを発見してからだ。北に面した採光窓は巨大であり、通常はカーテンをかけることなどないように思えるが、彝はどうやらカーテンを吊るしていたらしい。いや、このナゾの写真の窓が採光窓と言いたいのではない。同じ画室内の壁面に、別の窓があったのではないか?・・・と考えるきっかけになったのだ。モデルを写生する彝の写真には、ソファに座るモデルの背後にカーテンらしき布が下りている壁面がある。もちろん、のちに大きく改築された画室東側の壁面だ。そう考えると、つじつまが合ってくる点が多いことに気づく。
 
 まず、問題の写真全体に左方向から差し込む、強烈な光がある。つまり、正面の窓が東であり左側が北だと仮定すると、フラッシュを焚かずに撮影されたらしい写真の、画室内における位置関係の説明がつく。昼間だと思われるのに、東側の窓の鎧戸を閉め切っているのもうなずける。光線を、北からの光のみに絞りたいからだ。もうひとつ、画室の東側へ椅子をすえて描いた『エロシェンコ氏の像』(1920年・大正9)。その右手背後にも、鎧戸を下ろした窓らしいかたちが描かれているのに気づく。現在は壁になってしまっている東側の壁面に、当初は窓とドアがあったのではないか。
 では、右側のドアはなんなのだろうか? 右の壁に帽子掛けがあるところをみると、このドアの向こう側は外だったのではないか。画室内には、採光窓のある北側の西寄りにひとつドアがあるが、もうひとつ東側にも当初、ドアがつけられていたのではないか。これには、裏づけになりそうな証拠がある。現在のアトリエ東側に隣接した部屋のドアが、不思議な形状をしている。廊下に面した外側のデザインは、まさにこの写真の中に写るドアそのものなのだが、室内からその裏側を見ると、別の素材で補強されている。つまり、表裏でまったく意匠が異なるドアとなっているのだ。
  
 すなわち、中村彝が存命中の改築か、あるいは1929年(昭和4)に洋画家・鈴木誠氏が酒井億尋の管理する佐伯祐三アトリエから転居したときの改築かは、すぐには判断できないけれども、もともと設置されていたドアを室内ドアにそのまま活用したのだ。ただし、外気に触れていたドアの外面が傷んでいたので、まったく異なる素材で半面を補強した。いや、活用したのはドアだけではない。ドアの枠組みも、そのまま新しい部屋の内側へと活かされている。中村彝が写るドアの枠組みと、現在の室内から眺めたドアの枠組みが同一であることに気づく。

 茨城県立近代美術館に再現されたアトリエのレプリカでは、東側の壁にドアが設置されているようだが窓はない。先日、再現アトリエはかなり意匠が違ってしまったというご尊父のお話を、S様のお嬢さまからうかがった。

■写真上:1918年(大正7)に、画室で撮影されたといわれる仕事中の中村彝。
■写真中上は、昔そのままの状態で残る腰高の板壁。は、居間(応接室)の南に面した一画。
■写真中下:画室でモデルに向かう、中村彝写真の部分拡大。が、採光窓にかかっていたらしいカーテン。が、ソファの背後にあるカーテン状の布。
■写真下は、東側の部屋に設置されたドア。は、室内から見たそのドアの裏側。同じドアとは思えない意匠の違いだ。は、上掲写真の部分拡大。


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ChinchikoPapa

ずいぶん昔の記事にまで、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2010-12-18 11:49) 

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