下落合の昔のことを調べていると、いろいろな不思議に遭遇することがある。ある情報の書かれた資料が欲しいとき、わたしの動きをまるで誰かが見ていたかのように、それがすごくいいタイミングで手に入ったりする。そして、記事にしようとしていた足りない部分の情報を、いともたやすく補い埋めてくれるのだ。何度となく、そのような偶然を繰り返し体験しているのだけれど、カメラを持って下落合を散策するわたしの前に、ときどき不可解なものが姿を見せる。
 わたしは、決して「霊魂」や「幽霊」の存在などを信じているわけではないし、ことさら「霊感」が強いと感じているわけでもないけれど、どうしても説明のつかない写真を、このところ下落合の行く先々で撮影してしまうことが多い。デジカメなので、フィルムや現像処理、印画紙を介していないこれらの写真は、ナマ画像のままなのでよけいに理解に苦しむところだ。このような怪(あやかし)が気になりだしたのは、昨年ぐらいからだろうか?
 なにしろ、笠井彦乃さんの「ゆふれい」Click!が現われて、竹久夢二とともに住んでいた下落合の所番地を、コメント欄でさりげなく教えてくれるぐらいのブログだから(笑)、たまにはカメラの前で不可解な現象が起きても、別に不思議ではないのかもしれない。下落合の今昔を根ほり葉ほり調べていれば、「そりゃ昔の人たちも気になって、みんな集まってくるだろうしなぁ。有名無名に関係なく、みなさんのことは少しずつ書いていきますから待っててね」・・・ぐらいに考えることにしよう。(^^; わたしは、昔からこの手の現象を、ぜんぜん怖いとは感じない性格だ。

 洋画家・中村彝の親友のひとりに、心霊・超能力研究家の小熊虎之助がいたことは以前にも触れた。洲崎義郎Click!と同郷の柏崎出身で、子供のころから人前にほとんど姿を見せず、「仙人」というあだ名で呼ばれていた。一高から帝大哲学科へと進んでいるが、中村彝と知り合ったのは岡田虎二郎の「静坐会」Click!を通じてだった。下落合のアトリエには何度も姿を見せ、1919年(大正8)の夏には平磯で療養中の彝を、わざわざ見舞ったりもしている。結果的に効果はなかったが、彝に「ホメオパシー療法」(ドイツのサミュエル・ハーネマン医師によって体系化された医療法)を奨めたのも小熊だし、彝の最後の主治医である江古田にあった東京市結核療養所の副所長、遠藤繁清医師を紹介したのも彼だった。
 
 中村彝のことを詳しく調べていると、どうしても小熊虎之助の著作に行き当たることになる。彼は、御船千鶴子のいわゆる「千里眼事件」の考証でも有名な、日本における心霊研究の第一人者だ。彝と小熊虎之助との親しい交流について、1997年に出版された『中村彝・洲崎義郎宛書簡』(新潟県立近代美術館)から引用してみよう。
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 いつも病身の彝の身辺に気を配り、彝の画室仲間からは、「小熊彦左衛門」の尊称を奉られ、一目置かれる存在でもあった。彝の没後、「中村彝会」の運営や遺稿集『芸術の無限感』出版の世話役として献身的に働いた人である。昭和五三年(一九七八)に亡くなった。小熊の専門は異常心理学・心理療法・心霊研究で、昭和四三年(一九六八)「超心理学会」発足後は会長となるなど、わが国における心霊現象の科学的研究である超心理学の中心的研究者であった。『夢の心理学』、『心霊現象の科学』などの著書もある。  (小見秀男「中村彝と洲崎義郎と柏崎」より)
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 どうも昔日の街角を探しまわり、人々の面影を追いつづけている目白・下落合界隈では、このところ立てつづけに怪の世界へと入りこんでしまいがちなので、わたしは下落合を離れ、気分転換に潮風が香り、陽光もまぶしい鎌倉を散歩することにした。もう、子供のころから毎週のように通い慣れた場所だし、長い間、わたしの大叔母も住んでいた土地でもあるので、まるで遠足気分だ。小津安二郎の「鎌倉のオバサン」(杉村春子)が出現する、撮影ポイントをめぐるのもとても楽しい。わたしのブログへ頻繁に登場する、吉屋信子Click!岸田劉生Click!が最後に暮らした街でもある。
 ところが、なにかに憑かれているような、こういう「超心理」的な状態のとき、鎌倉へ出かけたりすると、まあ写真には怪しげなものがたくさん写ること。さすが、深夜の街中で馬の疾走する脚音が響き、それがいまだニュースになったりもする土地柄だ。小熊先生、なんとか説明してください。これ以上書きつづけると、マジに「落合心霊町誌」になりそうなので、このへんで・・・。

■写真上:わたしの写真によく登場される、昔、下落合にお住まいだったみなさん?(^^;
■写真中上:ときどき、こんな“もののけ”が写ってしまうこともある。・・・ただのネコか?
■写真中下:左は小熊虎之助。右はベストセラーの著作『心霊現象の科学』(芙蓉書房/1974年)。
■写真下:「高時切腹やぐら」では、子供たちがシャボン玉遊びをしていた・・・ち、ちがう。(爆!)