下落合のタヌキの話を聞いたのは、いつごろのことだろうか? ある銀行の社員寮が、まだ野鳥の森公園の上に建っていた時代なので、おそらく1990年代の終わりごろのような気がする。その寮に入居されていた方が、ベランダをタヌキのトイレ(小のほう)にされて悲鳴を上げていた。タヌキのオシッコが鼻が曲がるほど臭いのは、わたしもマンションの屋根に落下したときの救出作戦Click!で経験済みだ。一度トイレと決めたら、同じ場所で何度もする習性がタヌキにはあるようだ。
 このことを当時、生物学が専門の方へ話したら、「新宿にタヌキが棲息しているはずがない。いたとしてもペットが逃げたか他所から持ちこまれたもので、生態系的にみれば棲息は不可能だ」と、一蹴されてしまった。それが、わたしの頭に、いまだこびりついて離れない。現場を見もしなければ取材もしないで、なんで研究室だか資料室の机上だけでそう断言できてしまうのだ??・・・と。このブログで何度も書いてきたけれど、その現場で実際に起きていること(起きたこと)と、「公式」の記録とされる作為的な演繹把握との間の乖離や齟齬は、別にタヌキの問題に限らず、「日本史」とされる歴史認識と地方史・地元史(わたしの場合は江戸東京史だ)との間でも、頻繁に感じていることでもある。
 
 東京が、実はタヌキだらけの街だったのを、東京じゅう(特に西北部中心)に取材して実証したのが、今年(2008年)に出版された宮本拓海/しおやてるこ/NPO都市動物研究会・共著による『タヌキたちのびっくり東京生活』(技術評論社)だ。本書は、あえて学術的・研究的な表現をとらず、イラストやマンガを多用し東京ダヌキの生態をわかりやすく解説して、誰でも気軽に読める楽しい内容となっている。きちんとタヌキの目撃現場を取材され、逐一確認(裏取り)してまわられていることからも、本書の信頼性はきわめて高いといえる。また、タヌキのほかにも都内に棲息する野生動物の紹介や、タヌキとよく似ている動物との見分け方までが、ていねいに解説されていて面白い。
 著者によれば、東京23区内だけに限ってみても、棲息しているタヌキの数は推定1,000匹。近所を見まわしてみると下落合から学習院Click!、目白台Click!、椿山Click!、さらには戸山ヶ原Click!(現・戸山公園)あたりにかけての目撃情報の密度を考えれば、わたしはもう少しいそうな気もするのだけれど・・・。東京23区でも、緑が比較的少ない東部地域には目撃情報が少ないようだ。反対に西部の練馬区や世田谷区などには、おそらく新宿区や豊島区の比ではない個体数が、最近の新聞記事などを見ても棲息していそうなのだ。
 
 下落合では、今年もタヌキの子どもが無事に育っている。子だぬきの1匹は、どうやらネコたちとも仲よくなったらしい。下落合のとある公園では、ネコ用に置かれたエサの鶏肉を横からちゃっかりいただいているらしいが、別にお互いケンカにはならないようだ。わたしの家の近くでも、親子連れ3匹のタヌキをこのところ毎晩見かけるけれど、4匹産まれた赤ちゃんのうち、残念ながら1匹Click!は七曲坂で死んでいる。残り3匹のはずなのだが、中村彝Click!のアトリエ近くに出没する子ダヌキと、野鳥の森公園周辺で両親に連れられている子ダヌキとは、はたして別個体だろうか?
 親とは離れて行動しているらしい、公園でネコと共存している子ダヌキは、そのうちエサを食べたあとネコのマネをして顔でも洗いはじめるんじゃないだろうか。
 
 「あんた、あたしの手羽先を食ったろニャン?」
 「・・・知らないポン」
 「いま、ちゃんと見てたニャン!」
 「・・・気のせいだポン」
 「口から骨がはみ出てるニャン!」
 「・・・・・・」
 「顔洗ってごまかすニャ! あんた、相当なタヌキだニャン!」

■写真上:下落合のとある公園に、ちゃっかりネコのエサをもらいにくる子ダヌキ。
■写真中上:左は、2008年に技術評論社から出版された宮本拓海/しおやてるこ/NPO都市動物研究会・共著の『タヌキたちのびっくり東京生活』。右は、東京23区の棲息分布。(同書より)
■写真中下:公園に姿を見せる子ダヌキで、冒頭写真ともども近隣の方が撮影に成功された。
■写真下:左は、練馬区で見かけためずらしい白ダヌキの剥製。右は、こんなタヌキも近くにいる。