東京市郊外だった下落合は、市街地からも非常にアクセスしやすかったため、大正時代から画家のモチーフとしてよく描かれたばかりでなく、映画のロケ地としても頻繁に利用されてきた。現在でも、ドラマやCMに下落合の情景が頻繁に登場しているのに気づく。画家の風景モチーフとして、あるいは起伏のある地形と古くからの落ち着いた山手住宅街の雰囲気からか、映像作品の被写体には魅力のある街並みなのかもしれない。古くは明治期に建てられたお屋敷が残る高台から、目前に新宿の高層ビル街を見おろせる風情は、確かに一種独特な雰囲気を醸しだしている。
 下落合の近衛家Click!とともに“中国革命の父”孫文を支援した梅屋庄吉が、大久保に日本初の映画制作プロダクションを起ち上げたころ、大久保から目と鼻の先の旧・尾張徳川家下屋敷跡の戸山ヶ原では、時代劇映画がさかんに撮影されていたのはすでにご紹介Click!した。下落合では、相馬子爵邸の黒門Click!前で時代劇の撮影が頻繁に行なわれていたのを、古くからの住民のみなさんが記憶している。また、目白文化村Click!でも、当時としてはハイカラな街並みから映画ロケClick!が頻繁に行なわれ、こちらはホームドラマの現代劇に数多く登場していたようだ。
 そんな環境からか目白・下落合界隈には、昔から映画関係者Click!も数多く暮らしてきている。戦後も、小津安二郎の『お茶漬けの味』Click!(1952年)や成瀬巳喜男の『浮雲』Click!(1955年)などにも、ロケ地や舞台としてこの界隈の風情が使われてきた。もっとも、戦後は映画撮影が激減し、代わってTVドラマのロケーションが登場してくる。中でも、下落合を舞台にした代表作が、これまでも何度かご紹介してきているNTV開局20周年記念ドラマ『さよなら・今日は』Click!(1973~74年)だ。このドラマは、「下落合」という街そのものにこだわった作品で、台詞の随所に「しもおちあい」という地域名が頻繁に登場してくる。換言すれば、「めじろ」という駅名から出発した地域表現は意識的に避けられ、大昔からつづく地域名と、そのアイデンティティに徹底してこだわっている様子がうかがえる。
 
 東京の、とあるローカルな街を前面に押し出すドラマは、現在では決してめずらしくはないけれど、誰もが知っている繁華街や“名所”ではなく、いってみれば地味な乃手の住宅街「下落合」を選び、大正時代に建設された西洋館と彫刻家のアトリエ(喫茶店に改造)を舞台に、物語が展開されていく『さよなら・今日は』は、当時としてはかなり異彩を放つ作品だった。
 このドラマについて書いた最初の記事Click!へのコメントが、ゆうに200を超えている。出演者のひとりで、「和気一作」役の原田芳雄とお知り合いの方もみえられ、DVD化への期待はふくらむばかりだ。少し前には、「高橋作造」役の森繁久彌が早大演劇博物館へ寄贈した同作のシナリオClick!や、下落合の散策を愛した「高橋清」役の緒形拳Click!についても、すでにこちらでご紹介している。かんじんの舞台でありロケ地の下落合では、案外、記憶されている方が少ないこのドラマなのだが、放映されてから35年たった現在でも、強烈なファンは全国各地にいらっしゃるようなのだ。
 
 
 この10年間、下落合をロケ地にして制作されたドラマは、わたしの知る限りでは2本だろうか。ただし、わたしは実際にロケ現場を見ているわけではなく、ロケを見物してきたオスガキたちからの情報だ。わたし自身は、それらの作品を仕事でほとんど飛びとびにしか観ていない。その2本のタイトルとは、ミステリードラマの『眠れる森』(フジテレビ/1998年)と、ラブコメドラマの『やまとなでしこ』(フジテレビ/2000年)だ。木村拓哉と中山美穂が主演した『眠れる森』は、下落合の近衛町に道をはさみ向かい合わせで建つ低層マンションに、ふたりが住んでいる(キムタクがあとから引っ越してくる)という設定だったようだ。おとめ山公園Click!も、しばしばシーンに登場している。
 一方、堤真一と松嶋菜々子が主演した『やまとなでしこ』のほうも、やはり近衛町でロケーションが行なわれている。こちらは、日立目白クラブClick!(旧・学習院昭和寮)が頻繁に使われたようで、執事までいる大金持ちの邸宅という設定だった。小さな魚屋の店主役だった堤真一が、日立目白クラブへ入っていくのを見た客室乗務員役の松嶋菜々子が、てっきり乃手で暮らす大金持ちの息子と勘違いをして・・・というような、ありがちなシチュエーションだったらしい。
 
 さて、ドラマの制作予算もかなりきびしそうな昨今、できるだけロケを減らしてスタジオ撮影で・・・というのが主流なのだろうけれど、ごく近場の新宿界隈だったらなんとか予算内で収まるロケができるんじゃないか?・・・とお考えのTVディレクターのみなさん、多彩な街の表情や風情を見せてくれる目白・落合界隈が、ロケ地としては非常に狙いめでお薦め。次は、どのようなドラマで新しい「下落合風景」を見せてくれるのかと、わたしはひそかに楽しみにしている。

■写真上:『さよなら・今日は』では、夏子(浅丘ルリ子)と緑(中野良子)が妹・愛子(栗田ひろみ)のオペ成功を祈願した、下落合の総鎮守・氷川明神の拝殿前。
■写真中上:『眠れる森』のシーンと、近衛町にあるロケ地の現状。
■写真中下:同ドラマのシーンと現状。ストライプマンションには中山美穂が、向かいにあるマンションには木村拓哉が住むという設定で、おとめ山公園の弁天池に隣接している。
■写真下:『やまとなでしこ』のシーンと、日立目白クラブ(旧・学習院昭和寮Click!)の現状。手前でタクシーを降りているのが松嶋菜々子で、堤真一を大金持ちと誤解する場面とのこと。
★第11話「手作りの羽子板」の“予告編”です。早くDVD化されることを願って。
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