「よ~お、元気かい? ソミヤくんに、え~と、キミはウロ憶えだが、サエキくん・・・だったかな?」
 「・・・やっ、誰や~思うたら、中村センセでっか~? えろう、心配してましたんやで~」
 「おや、ツネさん、出歩いても大丈夫なのかい?」
 「はっはっは、平気だよ。このところ午後はアトリエを出て、下落合を散歩しながらダイエットさ」
 「遠藤先生のほうが、先に逝っちまったね。それで、ちゃんと他の先生に診てもらったの?」
 「ああ、新しくできた国際聖母病院Click!で75年ほど前に、きちんと健康診断は受けてるからね」
 「・・・あ、あのな~、中村センセ、ほんま大丈夫かいな」
 (●%▽◎▲□×★♪!・・・)
 「やあ、あなたが杏奴Click!のママさん? いやいや、ママさんにも心配かけたようだね」
 「あのな~、ママさんはな、いったいあと何人居候が増えるのよ!って、怒ってはんのだす」
 (◆○&#■○$!!・・・)
 「ああ、ママさんありがとう。ところで、ママさんの頬は残念、“ぶんどう色”Click!してないねえ」
 「あ、あのな~、ママさんはな、誰も心配などしておりません!・・・言うてはります」
 「ソミヤくんやサエキくんより、ツネ先生のお作がいちばんですのよ!って、聞こえたんだがねえ」
 「ほ、ほんまかいな? そうかいな?」
 「いや、もう肺のラッセル音は、とっくに聞こえなくなったから、ぜんぜん心配いらん。はっはっは」
 「・・・人の話、ぜんぜん聞いてへんがな」
 「そりゃ、ツネさん、なによりだった。よかったじゃねえの」
 「うん、ソミヤくん。でもね、ちょっと検診でさ、尿検査が引っかかってな」
 「尿検査?」
 「少し、あれだな、糖が出てるって、頬が“ぶんどう色”の聖母看護婦に言われたんだ」
 「ツネさん、そりゃ糖尿病だよ。いまどき、結核よりゃマジヤバだぜ」
 「うん、それでね、ボクは決意したんだ。カルピスを1日1本※から、2日で1本に減らしたのさ」
 「・・・あ、あのな~」
 「それでも医者はダメだっていうからさ、ついにカルピスはあきらめた。禁カルピスさ。はっはっは」
 「中村センセな~、ほんま身体にはあんじょう、気ィつけてくだはれや~」
 「ありがとう、サエキくん。それでね、ボクは考えたんだ。強固なる創造的意志と敬虔なる無限の芸術観を基盤に、禁カルピスを貫徹するためにだね、45年ほど前から森永コーラスに変えたんだよ」
 「・・・・・・」
 「でもね、森永コーラスはイマイチ酸味が足りなくて、ボクの口に合わんのさ。やっぱりカルピスでなけりゃダメなんだ、ソミヤくん。それに、『♪ゴックン森永コーラスはいっ!の包み紙のある静物』ってタイトルClick!も、ちょっと長すぎるしねえ、どうにも制作する気が起きんのだな! ・・・はっはっは」
 「・・・ソミヤはん、このオッサン、止めてんか」
※中村彝が、1日にカルピスを1瓶を飲んでいたのは事実だ。当時、カルピスClick!は滋養強壮Click!にいいとされ、結核の治療には有効だと考えたのだろう。毎日ではないにせよ、糖分の過剰摂取により身体が極端に冷え、体調を崩して病状をより悪化させていた可能性も考えられる。
 
 
 「と、ところで、ツネさんさ、ここはカフェなんだけどねえ、なんか飲むかい?」
 「・・・ちゅうわけでな、中村センセ、えろう珈琲がうまいんですわ」
 「うんうん、チャイてえのもいけるしな、サエキくん」
 「・・・そうだな、ボクはね、・・・えーと、・・・どうしようかな?」
 「そやそや、冷コもな、ぎょうさんコクがあって、ええんやで~」
 「うーーん、ボクはね、・・・やっぱりあれだな、身体のこと考えると・・・えっと、・・・カルピス、かな?」
 「・・・誰か、このけったいなオッサン、止めてえな」
 「・・・カルピスがメニューにないんなら、うーーん、・・・キミたちは、なに飲んでるの?」
 「ツネさんも葡萄酒、飲むかい? こりゃ、オレの持ちこみだけどさ」
 (×●♂△■%◇○★・・・)
 「あ、ママさんも、もうちょい飲む?」
 「あのな~、ソミヤはんな、持ちこみはこれ一度だけにしてほしいて、ママさんは言うてまんの」
 「ほんと美味しいわ、わたくしつい酔ってしまいましてよ・・・って、山手弁で色っぽく言ったんだぜ」
 「ほ、ほんまかいな? そうかいな?」
 「うーん、・・・じゃあソミヤくん、ボクも1杯だけもらおうかな」
 「ほな、中村センセ、わしな~、お酌させていただきまっさ」
 「おう、ありがとう。えーと、キミは確か、サエキくん・・・だったかな? ・・・うん、うまいヴァンだね」
 「きょうはな~、わざわざカフェ杏奴までな、中村センセ、どないしやはったんです?」
 「そうそう、思い出した。キミたちが集めてくれたアトリエ保存の署名用紙、回収しにきたんだよ」
 「さ、さいでっか・・・・・・」
 「・・・なっ、なんだこりゃ! 用紙を50枚も渡したのに、ふたりの名前しか書いてないじゃないか」
 「そ、そいつなんだけどさぁ、ツネさん・・・」
 「あのな~、ソミヤはんもわしもな、制作に忙しゅうしててな~・・・」
 「それに、なんだこりゃ? 豊多摩郡落合町下落合・・・こんな古い住所、いまはどこにもないぜ」
 「わしら、ついな~、昔の住所、書いてまうんやで」
 「それにサエキくん、<曾宮さんの横のウンとトナリ>って、なにこれ? こんなの無効だよ」
 「そ、そやかてな~・・・」
 「制作メモじゃないんだからね。・・・ったく、困ったやつらだなぁ、いまは新宿区の時代だろう?」
 「まあまあ、ツネさん、ヴァンもう1杯いこ」
 「地元新宿で、二度めの個展Click!が開かれるからって、サエキくん、あまり調子に乗らんほうがいいな。だって、ボクなんか、ただの一度も開いてくれたことないんだからね」
 「あのな~、中村センセかて、アトリエが保存できたらな、個展開いてくれはりますわ」
 「アトリエに籠もってたわりにゃ、ツネさん、世情に明るいじゃねえの?」
 「うん、ボクはね、2004年からアトリエでUbuntu端末をネットに接続してるんだよ。これからはね、ソミヤくんにサエキくん、クラウドICTインフラ上で展開される、SaaSの無限感だよ。・・・はっはっは」
 「ふーむ、雲のモチーフは好きなんだがなぁ、そんなもんなのかねえ」
 「いや、今後ともよろしく、ソミヤくんに、えーと、キミは確か、サエキくん・・・だったかな? ちゃんと忘れずに、署名も集めてくれたまえ。ついでに、岩波の『芸術の無限感』Click!の再版もよろしくな」
 「・・・ソミヤはん、中村センセゆうたら、ちゃっかり本の宣伝してまんがな」
 「あたしでさえ、一度もここでしたことないのにな、サエキくん」
 

 
 「それにしてもこのヴァン、うまいねえ。白もいいが赤のほうは、見事に“ぶんどう色”してるな」
 「そうでゃんしょう? そりゃ、ツネさんは、よけいうまいはずだよ」
 「うん? どうしてだい、ソミヤくん。下落合の大黒葡萄酒Click!じゃないのかい?」
 「いや、なにしろこれ、新宿中村屋Click!のオリジナル葡萄酒だからね」
 「ブーーーーーーーッ」
 「わっ、中村センセ、なにしてまんの? ヴァン噴き出して、バッチイがな~」
 「ふたりとも、オレにこんなもん飲ませるなー! ・・・また、落ちこむだろうが」
 「・・・ツネさんさぁ、純情すぎるよ。新宿中村屋のことは、もうベラボーに大昔のことじゃねえの」
 「中村屋ゆーな!」
 「あのな~、中村センセが飲まはった“白”な、俊子ラベルやで」
 「ブーーーーーッ」
 「まっ、また、ぎょうさん噴き出しとるがな」
 「俊子ゆーな!」
 「・・・サエキくん、ツネさんは恋の痛手から、からっきし立ち直れてねえみたいだ」
 「ほんま、90年もたっとるのに、めずらしいお人でんな。・・・形相、変わってはるわ」
 「話題、変えたほうがよさそうだぜ、サエキくん」
 「ほな、そうしまひょ」
 「ところでツネさん、杏奴の音楽もいい按配だろう? JAZZピアノが多いんだけどさ」
 「・・・・・・うん、いい曲だな。ボクの時代にはなかった音楽だ。・・・で、演奏家は誰だい?」
 「あのな~、日本のピアニストでな、ずっとニューヨークで活躍してはる、穐吉敏子いいまんの」
 「トシコゆーな!」
 「・・・ソミヤはん、こら、あかんわ」
 「きのう、失恋したてえみたいな様子だよ、サエキくん」
 「ソミヤはん、話題変えたほうが、ええんとちゃいます?」
 「あ、そうそう、おとめ山公園が広くなるんだ、ツネさん。ほら、そこの相馬坂の向こっかわ・・・」
 「相馬ゆーな!」
 「あ、あきまへんがな、ソミヤはん。失恋スイッチ、もろ入ってもうたで」
 
 「そっ、そういえば、ツネさん、いまの歌舞伎座が仕舞いだてんで、新春さよなら公演てえのやってるのよ。いやぁ、久しぶりに歌舞伎座の舞台でさ、オヤジゆずりの、勘三郎の“俊寛”を・・・」
 「中村屋ゆーな!」
 「そ、そやった、センセな~。最近な、美術館を建てるちゅう計画がな、隣りの豊島区でな・・・」
 「トシゆーな!」
 「・・・サエキくん、お話んならねえやな。ちがうほうの胸の患いで、相変わらず重症だぜ」
 「ほんま、完全にいってもうてるがな、中村センセ」
 「中村ゆーな!」
 (▼◎?☆彡△××●!・・・)
 「あ、あのな~、ママさんがな~、店先でトリオ漫才すのやめとくなはれ、言うてはりますわ」
  ★
 ・・・というわけで、とうとう中村センセがサエキくんClick!とソミヤはんClick!のいるカフェ杏奴にやってきた。(汗) アトリエClick!に籠もりがちだったせいか、失恋直後の感情を引きずっていてちょっと偏屈でひがみっぽいのが気がかりだけれど、サエキくんたちと付き合えばそのうち自然に治るのだろう。Tシャツには、アトリエ保存会Click!のネームと『落合のアトリエ』Click!(1916年)の赤い屋根がプリントされている。右手にはペン、左手には自らかわいい署名用紙の束を持って、いまにも「アトリエ保存に協力してよ?」と言い出しそうだ。このミニ署名用紙への署名も有効だと思われるので、やや小さくて書きづらいけれど、中村センセから小さなペンを借りて、ご協力いただければと思う。
 正直、中村センセが現れるとは、予想だにしてませんでした。^^; また、「中村彝アトリエ保存会」へのご協力ありがとうございます。>人形作者様<(__)>

■写真上:下落合のネコに敷かれてつぶされた、健康になったけれど悩める中村センセ。
■写真中上:カフェ杏奴へとやってきた中村センセは、久しぶりにソミヤはんと再会。右手には小さなボールペン、左手には「中村彝アトリエ保存会」のミニ署名用紙を持っている。
■写真中下:中村センセに、なかなか名前を憶えてもらえない様子のサエキくん。地元新宿で開催される個展で先を越され、ちょっと中村センセはひがんでいるような気がするのだが・・・。
■写真下:3人そろった記念写真は、おそらく杏奴でのショットが美術史上唯一のものだろう。w