これまでに何度か、ここで洋画家が描くマンガを取り上げてきた。その代表格はといえば、なんといっても他の追随を許さない岸田劉生Click!と曾宮一念Click!だろう。1930年協会の木下義謙や木下孝則Click!、野長瀬晩花Click!らが描いたマンガも登場している。でも、佐伯祐三Click!が描いたマンガは見つからず、これまでご紹介できなかった。
 ところが、先の「佐伯祐三-下落合の風景-」展Click!でさまざまな素描に混じって初出品された『横向きの顔 三態』は、これまでの洋画家が描くマンガにはまったく見られない、独特でユニークな表現をしている。タイトルのとおり、3人の人物の横顔を描いたスケッチ、というか線描のみのマンガに近い表現なのだが、3人のうちのふたりは女性の横顔だ。もちろん、女性は米子夫人Click!のプロフィールだと思われ、結婚して間もない時期に描かれたのではないかとみられる。中央の女性はほぼ真横顔で、下段の女性は火起こしの筒を吹いて竈(かまど)へ風を送っている。おそらく新婚早々の情景だと思われ、1921~1922年(大正10~11)の作ではないだろうか。
 ふたりの女性に比べ、問題はいちばん上に描かれているおよそ人間ばなれした、どこか1950年代のマンガに登場してくる不気味なミュータント、あるいはスターウォーズの宇宙人キャラクターを想起させる“生き物”だ。どうやらこのミュータントこそ、佐伯が自身の横顔を描いたもののようだ。額が大きく前へせり出し、眼窩が極端に落ちくぼみ、どこかフランケンシュタインの息子ようにも見えるのだけれど、美しい「ビーナスはん」と結婚できたことがよほど嬉しかったのだろう、こんな顔の自分のもとへオンちゃん(池田米子)のような「ビーナスはん」が嫁いできてくれた・・・ということで、新婚の当時、ウキウキ舞い上がって描いたのがこの作品とのことらしい。
 それにしても・・・である、今日の眼から見れば洋画家が描く似顔絵レベルのマンガは数多く見かけるけれど、まるで赤塚不二夫の『もーれつア太郎』に登場する「デコッ八(でこっぱち)」のような表現は、同時代の画家たちが描くマンガに比べても斬新で度外れている。もちろん、佐伯はこんな人造人間あるいは宇宙人のような顔ではなく、ご承知のようにどこかバタ臭くてむしろ整った面立ちをしているのだが、自身の容貌をことさら卑下して「デコッ八」に描きたくなるほど、同居する「ビーナスはん」が美しく見え、また結婚できたことに狂喜していたものだろうか。
 
 「デコッ八」といえば最近、カフェ杏奴Click!には赤塚不二夫のキャラクターがいっぱいだ。近くにフジオプロClick!があり、そこの役員の方がコーヒーを飲みに立ち寄られたのがきっかけで、多彩なキャラクターグッズが置かれるようになった。わたしも懐かしいので、さっそくシェーッする「ウナギイヌ」のストラップを買い、携帯に付けてたりするのだ。赤塚不二夫のキャラクターグッズは、下落合ではカフェ杏奴で買えるのだが、近くではバカボンパパの母校であるバカ田大学の隣り、「♪バカ田~バカ田~・・・」と校歌もよく似てそっくりな、早稲田大学の生協でも販売しているらしい。w
 赤塚不二夫が亡きあと、キャラクターを描いているのはアシスタントの吉勝太氏だそうだが、この方もカフェ杏奴へときどきみえるようだ。杏奴のママさんから、吉氏が描くキャラクターたちと聖母病院近くにお住まいの吉氏の物語をコピーしていただいたので、こちらでご紹介しておきたい。


 少し前に気がついたのだが、赤塚不二夫のフジオプロが建っている下落合1146番地(現・中落合1丁目)は、ちょうど1930年協会の外山卯三郎Click!の実家(外山秋作邸)の敷地内に当たっている。社屋の背後(西側)一帯は、二二六事件Click!で岡田啓介首相が潜んだ佐々木久二邸Click!なのだが、外山邸(下落合1146番地)の母屋が建っていた南側、ちょうど湧き水を利用した佐々木邸の「ひゃっこい」落合プールがあった北東側に、フジオプロの社屋は建っていることになる。
 すでに書いたけれど、佐伯祐三がフランスで急死したのち、パリから送られてきた第2次渡仏時の全作品が集められたのは、鈴木誠Click!が留守番をしていた佐伯アトリエClick!ではなく、フジオプロのごく近くにあったと思われる外山卯三郎のアトリエだった。1936年(昭和11)現在の空中写真を確認すると、大きな母屋の南南東にポツンと離れて小屋のような建物が見えているので、それが外山アトリエなのかもしれない。フジオプロ社屋の東側、ちょうど真向かいに当たる位置だ。
 
 佐伯祐三が描いた「デコッ八」と、赤塚不二夫の「デコッ八」とで、つい連想がつながってしまったしだい。ところで、前々から気になっていたのだけれど、赤塚不二夫が描いた下落合の風景作品はないものだろうか?(爆!) 手塚治虫が描いた『鉄腕アトム』に登場する、お茶の水博士の「科学省」が建つ(予定の)高田馬場風景なら、薄っすらと記憶に残っているのだが・・・。

◆写真上:おそらく新婚時代に描かれたとみられる、佐伯祐三の素描『横向きの顔 三態』(部分)。
◆写真中上:左は、『横向きの顔 三態』全画面。右は、1926年(大正15)に旅先のイタリアで描かれた佐伯祐三『イタリアの女』で、挿画かマンガのようなタッチがめずらしい作品。
◆写真中下:下落合在住の吉勝太氏が描く赤塚キャラクターと、カフェ杏奴訪問の経緯マンガ。
◆写真下:左は、下落合1146番地(現・中落合1丁目)のフジオプロ。右は、1947年(昭和22)の空中写真にみる空襲から焼け残った外山邸(東側)と焼失した佐々木邸(西側)界隈。