少し前、ブログ9周年を記念する記事Click!で、落合地域から産出する化石のことについて触れたのだが、確かに過去の記事には貝化石について触れたものはあるけれど、かんじんの化石の詳細や種類についてはなにも書いていないことに気づいたので、あわてて記録することにした。貝化石は、関東ローム層のさらに下層の、砂質粘土層に重なる黄褐色をした粘土層(幅約2mほど)から産出する。多くの場合、酸性が強い土質のせいか貝殻部分がすべて溶解し、外形ないしは内形のいわゆる“印象化石”となっているものがほとんどのようだ。
 地質学的ないしは地理学的にいえば、落合地域の地形は「武蔵野台地」の中の神田川(旧・神田上水=平川Click!)水系に面した「武蔵野段丘」、あるいは「豊島台」と呼ばれる丘陵地帯だ。標高は、薬王院Click!や目白学園Click!あたりがもっとも高く約35~36mほどで、新宿区では標高約40mの丘が連なる「下末吉段丘」、すなわち甲州街道から四谷方面へと伸びる「淀橋台」よりも、4~5mほど低い地形をしている。同じ東西に連なる武蔵野段丘で見ると、学習院Click!の森は標高約30m、新江戸川公園Click!から椿山Click!あたりは標高約25mなので、いわゆる目白崖線の丘陵地帯では下落合(中落合・中井2丁目含む)がピークの位置にあたるのだろう。
 武蔵野段丘(豊島台)の下には、約5~8mほどの関東ローム層、いわゆる富士山の火山灰である赤土の層が堆積している。新宿から四谷にかけての下末吉段丘(淀橋台)は、約10mの関東ローム層が積もっているので、落合地域はそれよりもローム層が薄いということになる。これは、古代より谷間を流れる河川や、斜面から湧き出る小流れなどによる浸食で、表土層が削られつづけてきたせいかもしれない。ちなみに、わが家の下の関東ローム層は、ボーリング調査をしたところ4mちょっとの厚さだったようで、場所によっては大正期からの宅地開発のために、1~2mほどの赤土が削られている可能性もあるだろう。
 関東ローム層の下は、白色粘土層と呼ばれる30cmほどの薄い地層で、この地層から下は約5mほどの分厚い幅をもつ、「武蔵野礫層」と呼ばれる褐色の地層が形成されている。いわゆる帯水層とよばれる地層で、落合地域の豊富な地下水脈が縦横に流れている層だ。礫のサイズは、3~5cmほどで、いわゆる砂岩のチャートと呼ばれるものらしい。落合地域の美味しい湧水は、この礫層を流れて清廉な水に濾過され、崖線各地の湧水源から地表へ噴出していた。現在では、おとめ山公園の1ヶ所となってしまったのは寂しいが、大雨が降るとあちこちから地下水がせり上がってくるのは、武蔵野礫層を流れる地下水脈が肥大化し、蓄えきれなくなった水が関東ローム層の薄い場所から地表へと染み出てくるからだ。
 特に、マンション工事などで基礎を5m近くも深く掘り下げ、関東ローム層の大部分を取り去ってしまった地下室では、床下が帯水層である武蔵野礫層へじかに接している可能性が高い。落合地域の武蔵野段丘(豊島台)の関東ローム層は、新宿から四谷にかけての下末吉段丘(淀橋台)に比べ、厚さが半分しかない4~5mのところもめずらしくないので、そもそもビルやマンションを建てるために地面を深く掘り下げ、地下室や地下設備室を造ること自体に、地質学的な無理があるのかもしれない。(落合地域の住民のみなさん、地下室の建設にはくれぐれも要注意を)


 さて、地下水脈が縦横に流れる武蔵野礫層の下には、砂層あるいは泥層の地層が横たわっている。この地層は、粘土を多く含みきわめて強固で岩のような地層の場合が多く、いわゆる通称「東京層」と呼ばれている地質だ。この近辺にお住いの多くの方々は、この固い岩盤のような東京層を実際、頻繁に目にされていると思う。戦後の工事で深く浚渫された神田川や妙正寺川などの川底には、岩盤のような東京層の粘土層やシルトが露出しているからだ。「江戸名所図会」Click!にも描かれ、江戸期における名所のひとつだった神田上水の「一枚岩」Click!は、おそらく表土の関東ローム層や武蔵野礫層が水流の浸食ですっかりきれいに削りとられ、その下にある岩盤状の東京層が地表に露出していたのではないか?・・・と想定することができる。
 化石が発見されるのは、この東京層に含まれる粘土層からがもっとも多いようだ。下落合で発見された化石で、きちんとした調査記録が残るのは、1966年(昭和41)に下落合の横穴古墳群Click!を調べた新宿区教育委員会と国立科学博物館、早稲田大学などが発掘した化石類だ。同調査チームは、横穴古墳の調査にとどまらず、その下の地層までを念入りに調べる地質調査をも行なっている。下落合横穴古墳群が展開した丘の斜面は、いわゆる武蔵野段丘(豊島台)の一般的な地質とは異なっていることが、同調査報告書である『新宿区立図書館資料室紀要1:落合の横穴古墳』(新宿区立図書館/1967年)で報告されている。
 4~5mほどの浅い関東ローム層の下には、武蔵野礫層がまったくなく、いきなり火山灰質の薄い白色粘土層(約30cm)がかぶさり、その下には砂質粘土層=東京層が約2mほどが堆積していた。そして、そこから多数の貝化石が見つかっているのだ。見つかった化石は、ほとんどが浅海性の貝類で、落合地域の一帯が砂地による遠浅の海(ないしは湾状の入り江)だったことがうかがえる。わたしも初めて勉強したのだが、東京層から見つかる貝化石には2つの層準(地層の上下)があり、下層の化石が出る層を「王子貝層」、上層の化石層を「徳丸貝層」と呼ぶのだそうだ。1951年(昭和26)に尾崎博が発表した、『自然科学と博物館』で命名された呼称らしい。

  
  
 上層の「徳丸貝層」は、現在の東京湾とあまり変わらない温度環境だったようで、ホソスジカガミガイ(マルヒナガイ)の化石などが標準化石として採取されるようだ。下落合で採取された貝化石は、ほかにヤツシロガイ、イタヤガイ、ブラウンイシカゲガイ(絶滅種)、トリガイ、ウチムラサキ(未確定)、アサリ、ミルクイ、ナミガイ、オオノガイなどが見られた。
 さて、ここで興味深い事実に気がつく。下落合の横穴古墳が発見された、下落合弁天社の上の斜面が、一般的な武蔵野段丘=豊島台の地層に比べて構成がかなり「おかしい」ことだ。比較的薄めな関東ローム層の下には、地下水を蓄える武蔵野礫層が丸ごと存在せず、いきなりその下の古い時代の化石層が姿を見せる。この一画だけが特殊な地層を形成している・・・とは、どう考えても思えないのだ。奈良期に造られたとみられる横穴古墳だが、それ以前になんらかの人為的な手が、この斜面全体に加わっているのではないか?・・・という課題を呼び起こす。そして、このテーマは下落合847番地一帯を中心とする、全長約200mほどの規模を想定できる下落合摺鉢山古墳(仮)Click!(前方後円墳)のテーマと、直結していることに気がつく。
 換言すれば、ここが古くからの死者の墓域(シイヤ山Click!=摺鉢山Click!)だと、いまだに伝承が色濃く残り、それを知悉していた奈良期の落合住民たちは、だからこそ死者を葬る山として、この東側の斜面へ改めて手を加え自分たちの墓域、すなわち横穴古墳群を形成しているのではないか?・・・ということなのだ。奈良期の横穴古墳群が築かれる数百年前、すでにこの斜面一帯の表土(武蔵野礫層を含む)は多くが削りとられ、南側に接した巨大な前方後円墳Click!(下落合摺鉢山古墳:仮)の築造に利用されていたのではないか? だから、一般的な武蔵野段丘=豊島台(目白崖線全体)の地層モデルからみれば、関東ローム層の下からいきなり化石を含んだ粘土状砂層=東京層が出現するという、特殊で「おかしい」地層を構成しているのではないだろうか?
  
 

 現在、下落合弁天社の西隣りが住宅の全面的な建て替えで、関東ローム層から下の地層までが露出している状態になっている。工事関係者がいないときを見はからって、その土に埴輪や土器の破片、副葬品の痕跡などが混じってないかどうか、こっそり探してみたいのだが、土日の休日でもなかなか整地作業がお休みではないらしい。わたしの所有する、出雲の碧玉でできた勾玉Click!は、この建設現場からそう遠くは離れていない地点で発見されたものを譲り受けている。

◆写真上:旧・下落合2丁目829番地付近の、宅地造成にともなう工事現場の様子。
◆写真中上:上は、1966年(昭和41)7月15日に「落合新聞」の竹田助雄Click!が撮影した宅地造成のための開発工事。下は、下落合弁天社の境内から見た現在の工事現場。
◆写真中下:上は、1966年(昭和41)7月17日に調査が入った1号横穴墳前。下は、古墳群が掘られたローム層下の東京層から発見された貝化石。左上から①カガミガイなど、②ナミガイ、③ヤツシロガイ、④オオノガイ、⑤ミルクイ、⑥ブラウンイシカゲガイの順。
◆写真下:上は、同様に⑦ホソスジカガミガイ、⑧トリガイ、⑨イタヤガイ、⑩ウチムラサキ(未確定)、⑪アサリの順で、『落合の横穴古墳』(新宿区立図書館/1967年)より。下は、化石採集場所である下落合横穴古墳群の遺跡と下落合摺鉢山古墳(仮)との位置関係。
★下落合で「海を見たい!」といえば、1974年(昭和49)2月2日(土)に放映された『さよなら・今日は』Click!の第18回「海を見たい!」の“予告編”です。登場している海は、いずれかの湘南海岸だったと思います。いつもと同様に大きめのスピーカーかヘッドホンで聴かれると、70年代の下落合サウンドがリアルに甦ります。hisaさん、たいへんお待たせしました。
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