「おはようございますー、中村さーん!」
 「こんな朝っぱらから、なんだ……?」
 「♪お~い、中村く~ん!」
 「…どこの、誰だろうね。…まったく」
 「中村さーんClick!、お留守ですかー!?」
 「はいはい! ど~も腹の調子が…、またカルピス飲みすぎたかなぁ。はっはっはっ」
 「ちはー、中村さーん!」
 「…その黒い僧服は、目白福音教会Click!からきたのか? キリスト教は信じないよ」
 「どうやら中村さん、なんとか21世紀まで、お元気そうですねー」
 「……ボクが元気でいちゃ、なにか都合でも悪いのかね?」
 「いえ、ちょいと意外だったもんですから」
 「かっ、勝手に殺すな! まだ当分、葬式は挙げんよ」
 「いえ、きょうはその方面の用事じゃなくて…」
 「じゃあ、また説教Click!でも聞かせるのかね? いっとくが、ボクは神道だからね」
 「この僧服は、北海道のトラピスト修道院からもらったんですよー」
 「……その、胸の飛んでるチョウチョClick!は、いったいなんのマネかね?」
 「超現実主義的で、とってもオシャレで、ボクに似合うでしょー?」
 「…まぎらわしい格好するな! また、教会から終活の勧誘だと思ったじゃないか」
 「家庭購買組合Click!からきましたー、おとどけものです」
 「…ボクは、なにも注文しちゃいないよ。なにかの、まちがいじゃないのかね?」
 「落合家庭購買組合のミギシです。よろしくね」
 「……家庭購買組合のミギシ? なんか、どっかで、聞いた名前だな」
 「はい、ボクは、これでも油絵やってるんです!」
 「ほほう、購買組合の仕事をしながら苦学してるとは、僧服は感心しないが感心だな」
 「いえ、ぜーんぜん。節っちゃんたちもいるしー、楽しいんですよ!」
 「節ちゃん? ま、いいけどね、ボクにカルピスでも配達かな? はっはっはっ」
 「ところで、サエキ先輩いらっしゃいます?」
 「……サ、サエキ? ……先輩?」
 「あのな~、誰ぞ~わしんこと、呼んだんかいな?」
 「ああ、これはサエキ先輩Click!! どーも、ミギシです」
 「お、あんたがミギシくんかいな。そやけど、購買組合は駒込やなかったんか~?」
 「はい、ここClick!にサエキ先輩やソミヤ先輩Click!、それからついでに中村さんが下宿されてるとうかがいまして、それで駒込から急いで落合へ転勤したんですよ」
 「そやったんか。あのな~、里見くんや外山くんから、よう聞いてるで。…ま、入り」
 「こらこらこら、こらーっ! 誰が下宿してるんだって!?」
 「サエキ先輩、この人、ちょっと怖いですねー」
 「ま、たまにな~、けったいなこと言わはるさかい、気ぃせんと、遠慮せず入り~な」
 「ボッ、ボクが中村“くん”や“さん”で、どうしてサエキくんが“先輩”なのかね!?」
 「あのな~、中村センセな、そない怒らはると、朝から血圧上りまっせ」
 「大きなお世話だ。それに遠慮せず入り~なってね、ここはボクの画室なんだよ!」
 「ほんまかいな、そうかいな~。あのな~、わしが二度目の巴里行きでアトリエ貸しとったClick!、同郷で鈴木のマコトちゃんClick!のな~、アトリエちゃいまんの?」
 「…いちいち、ややこしいことを。いまは元にもどって、ちがうんだよ!」
 「ところでな、ミギシくんな~、あれ、持てきてくれたんか~?」
 「はい、サエキ先輩のご注文どおり。…ところで、ソミヤ先輩にもごあいさつを」
 「あのな~、ソミヤはんはな、きのうから房総の写生Click!で、いてへんのや~」
 「そりゃ、残念だなー。お会いするの、楽しみにしてたのになー」
 「こらっ、おまえたち、人の話を聞け!」
 「えろ~うるそうて、かなわんわ~。ミギシくん、すまんな~」
 「サエキ先輩、これ、どこに置きましょうか?」
 「だっ、誰が、うるさいんだって!?」
 「とりあえず、本郷の組合本部に寄って、6つほどかき集めてきたんだけど」
 「おおきにな~。これやこれや、これやがな~」
 
 
 「ソフトタイプで、お尻にやさしくてなかなか破れない、組合推薦の“蝶の舞”です」
 「…なっ、なんだ、カルピスかと思ったら、ただのトイレットペーパーじゃないか」
 「また今度な~、あるだけ持ってきてんか~」
 「ロールの中にも、ほら、蝶が飛翔してるんですよー」
 「えろう凝った作りやがな~、巻物キャンバスやで」
 「サエキくん、トイペをそんなに買い占めて、下落合は石油ショックかい」
 「あのな~、センセの木炭紙な~、固(かと)うて固うて、かなわんねんわ~」
 「…まっ、また、ボクの目を盗んで、木炭紙をくすねて、どうかしたのかね!?」
 「よくもんで使(つこ)うてもな、あそこ擦りむくねん」
 「ど、どうりで、どんどん木炭紙が減るわけだ。…ついでに、ボクの貴重でかけがえのない歴史的なデッサンも、このところ、なぜか行方不明が多いんだけどね!?」
 「あのな~、センセのデッサンは固(かと)うて、ついでにお尻が黒うなりまんねん」
 「……木炭紙や素描は、便所の落とし紙じゃ、ないんだよ!!」
 「こいでな、ソミヤはんもな、痔ィ治りまんのや。肌触りが、ごっつええがな~」
 「ソミヤまでオレの木炭紙を? …おまえら、画家の風上にも置けんヤツらだ!!」
 「中村センセな~、こちらミギシくんゆ~てな、わしらと同業やねん」
 「…もう聞いたよ!」
 「ほんでな、いまな、ルパシカ着て左斜め45度向いてな~、猛勉強しとるとこですわ」
 「中村さんのお作、中でもカルピスClick!の包み紙が、いっちばん素敵ですかねー」
 「…そ、そうか。キミは、あのコンポジションやマチエールの良さが、わかるかね?」
 「壁龕を左右に逆転した構成と、水玉パッケージとの対比表現が鮮やかで見事です」
 「…そうかね、そうだろうね。…はっはっはっ」
 「観念的なるものと唯物的なるものの対比で生まれた、美しい怪物作品です」
 「……やっぱり、そうだろうとは思ってたんだよね。はっはっはっ」
 「師匠は評価しませんが、味わい深いリリカルなサンチマンがあるように思います」
 「そりゃ、そうだろうね。キミはおかしな格好してるが、なかなか見どころがあるじゃないか。ところで、…なにかね。芸術がよくわからん、ボクの作品をあまり評価しないキミの師匠って、そんなヤボな朴念仁は、ちなみにいったいどこのどいつなんだい? はっはっはっ」
 「はい、春陽会の、キシダ劉生大センセです」
 「……劉生大センセゆーな!」
 「南長崎は洛西館Click!近くの、河野ミチセーくんClick!を訪ねるたびに、俥(じんりき)の中から中村ツネのバッカヤロー!…と、目白通りで思いっきり叫ばれながら走ってます」
 「…くっ、くっそ~~~!」
 「目白通りの子どもたちも憶えて、いっしょにバッカヤロー!…と唱和してるとか」
 「あ、あの野郎~~! …いまに、思い知らせてやる!」
 「この間など、中村さんのアトリエの周りに、下駄でグルリと大きな輪を描いてまわり、便所ったまに落っことしてやったぜ、ツネの野郎、ざまぁみやがれの髪結新三Click!だと、銀座のライオンClick!ではたいへん上機嫌でらっしゃいました」
 「ちっ、ちっくしょう! いちいち、手間のかかることを…」
 「劉生大センセは、これでツネ野郎とはエンガチョ切~ったと、とてもご満悦でした」
 「くそ、いつか劉生と荘八をまとめて便所ったまに落としてやるからな。憶えてろ!」
 「あのな~、そやけど劉生センセも、えろう面白(おもろ)いお人でんな~」
 「ふたりして、劉生劉生ゆーーな!」
 「あ、そうだ、中村さん。俊子ちゃんClick!を今度、ぜひ紹介してくれませんかねえ?」
 「…だっ、誰が紹介するか! それに俊子ちゃんなんて、なれなれしくゆーな!」
 「そっかー、残念だなー」
 「あのな~、俊子ちゃんはな~、もう101歳のお婆ちゃんやで」
 「なーんだ、そっか。…そうなんだ」
 「ふたりで、俊子俊子ゆーな!」
 

 
 「それじゃサエキ先輩、日展…いや文展・帝展のアカデミック木炭紙が役立たずじゃ、ここにはもっともっと、アウフヘーベン用に組合推薦の“蝶の舞”が必要ですねえ」
 「ヲイ、こらっ、どさくさにまぎれて、キミまでいったいなにをいってるんだ!?」
 「そやな~、あるだけぎょうさん、持ってきてんか~」
 「昨今の官展は、芸術とは無縁なヒエラルキーの組織的かつ情実的腐敗が、目にあまりますからね。中元歳暮にカルピスなどと、現金までが飛びかってるって話です」
 「ほんまやし~。金山センセClick!がな、激怒して踊らはるのも、無理ないのんや」
 「ボクは独立して、これからは恥ずかしい官展に応募したりしません!」
 「あのな~、エエ心がけや。まあ、がんばんなはれ」
 「…ふたりとも、それは、思いっきりボクに対する、当てこすりなのかね!?」
 「統括の法則は運動を排斥し、または活動力から自由にするオーグニズムですからね。芸術上のオーグニズムは、どこまでいってもインデイペンドゥントなんです」
 「そやな~、ほんまやし」
 「…ヲイッ、キミは長谷川リコーClick!か!?」
 「人間性が人間性である場合、絵画が人間性の感情、衝動、考察そのものでなくして、それ自身活動を絵画に限定する目的を持つ限りにおいて、表現の手段をとらなければならないという事実は、あくまで一致するわけだとボクは考えてるんです」
 「あのな~、ちぃ~と外山くん入っとるけどな、エエことゆうわ~」
 「ぜっ、ぜんぜん意味不明だし!!」
 「経済的に裕福な絵画はいまや文化的に貧困化し、経済的に貧困なる絵画には、これからが建設的な希望に恵まれた時代だと、ボクは位置づけているんですよ」
 「ようゆうてくれた。あのな~、わし、ここでな、ロクに食わしてもろてへんのやで」
 「ヲイッ! 毎日、ずっと“花嫁”Click!とすき焼きとタラバガニ、食ってるし! 栄養が必要なオレより、いつもたらふく、食ってんじゃん!」
 「そやけど、どうでもええこっちゃけどな。あのな~、劉生センセと中村センセの美術界における芸術観の対立ちゅうのんは、こない低次元なことやったんかいな~」
 「うるさい! 庭を便所ったまにしてくれた、キミにだけはいわれたくないんだよ!」
 「じゃあ、ボクはこれから、『画家が見た女性美』に書いて、節ちゃんにちょっと叱られたけど、北国と東北と東京と中部と京都と大阪と南国に寄ってから帰りますんでー」
 「そやそや、節っちゃんClick!によろしゅうにな。あのな~、オンちゃんClick!も栄子ちゃんClick!もな、ふたりしてよろしゅうゆうてたで」
 「はい、また近々、お訪ねしますねー。ボクのアトリエにも、遊びにきてくださいよ」
 「あのな~、確か~、上鷺宮だったかいな~?」
 「はい、ボクが設計したアトリエがあるんで、保存へ向けた活動をしてくれてます。こんな古びたデザインじゃなくて、白亜でオシャレなバウハウス風なんですよー」
 「う~るさい! ボクのアトリエは古びてなどない、竣工したばかりなんだよ!」
 「あのな~、ミギシくんな、帰る前に財布、置いてけへんの?」
 「あっ、ボクは、女性んとこ以外、財布を丸ごとあげたりしないんですよー」
 「さよか、やっぱりな。ミギシくんはな、ヴィーナスはんにはエエかっこし~やねん」
  ★
 …というわけで^^;;、中村センセのアトリエに、どうやら近所の上戸塚Click!に節ちゃんと住んだこともあるミギシくんが現れたようだ。w アトリエに寄宿しているサエキくんへ、お尻にやさしいソフトタイプのトイレットペーパー“蝶の舞”をとどけに来たようで、北海道のトラピスト修道院から手に入れた黒い僧服を身にまとっている。その僧服には、なぜかピンから外れた鮮やかな蝶(てふてふ)が1匹、遠く韃靼海峡(安西冬衛)ならぬ津軽海峡をわたって飛翔してきたようだ。1934年(昭和9)に制作された『素描集・蝶と貝殻』にあるように、「蝶ノ冬眠ガ始マル/而シ押エラレタピンヲハネノケテ再ビ飛ビ出ス事ハ自由ダ」を、そのままデザインしたような図柄が描かれている。
 さて、ルミニズムから印象派の中村センセ、フォーブを突っ走るサエキくん、流派には目もくれず飄々と独自路線を歩むソミヤはん、そしてルソーから草土社風、フォーブ、シュルレアリズムまでリーチの長いミギシくんと、なんだか近代洋画史を代表する画家らしき人たちの勢ぞろいだけれど、それぞれみんな勝手に物語をひとり歩きしはじめたようで、これからどんな騒動が起きるやら、わたしは責任がもてなくなってきた。(汗)
 
 

 片や保存・復元が成功したばかりの中村彝アトリエと、いまや保存へ向けたみなさんのさまざまな取り組みが行なわれている三岸アトリエとの、絶妙なタイミングで登場したミギシくん。先ごろの大雪で、三岸アトリエのパティオにあった庇が崩れたそうで、1日でも早い保存へ向けた流れが本格化するのを願わずにはいられない。いつもごていねいに記事をお読みいただき、ありがとうございます。>人形の作者様<(__;)>

◆写真:サエキくんがいる中村センセのアトリエへ、蝶が舞うトラピスト修道院の僧服を着てトイペ“蝶の舞”をとどけにやってきた、さきがける前衛画家らしいミギシくん。
★現実には、三岸好太郎と1928年(昭和3)にパリで死去した1930年協会の佐伯祐三との間には、残念ながら接点は見つかりません。また、1924年(大正13)に病没した中村彝と、三岸好太郎の間にももちろん接触はありません。あくまでもオバカなフィクションとして、ご笑覧ください。
ですので、くれぐれも「中村彝のトイレにはロール式のトイペ“蝶の舞”があったのか?」とか、「三岸好太郎が家庭購買組合駒込支部から落合支部へ転勤したのはいつ?」とか、「佐伯祐三は、彝アトリエで毎日すき焼きを食べていたの?」とか、「蝶のデザインのある僧服は残ってないのか?」とか、「三岸好太郎はエメロンシャンプーの愛用者だったの?」とか、各地の美術館や博物館におられる学芸員や研究員のみなさんが頭を抱えるようなご質問は、決してされませんようお願いいたします。(爆!)