きょうは、落合地域やその周辺、さらに江戸東京地方とはまったく関係のない記事だ。音楽やオーディオに興味ない方は、どうぞ読み飛ばしていただきたい。
  
 昨年の暮れ、季刊「Stereo Sound」誌が200号を迎えたというので、久しぶりに買ってはみたけれど、そのまま読まずにCDラックの中へ入れっぱなしにしておいた。ベルリンpoレコーディングスが制作している、付録のSACDにも惹かれたのだが、“おまけ”のディスクだけ聴いて本誌は開かないままだった。だが、ほんとうに久しぶりに同誌を読んでみて、わたしがほとんど“浦島太郎”状況なのに気がついた。
 最後に「Stereo Sound」を手にして読んだのは、もう20年近くも前のことで、それ以来、特にオーディオ装置Click!には不満をおぼえず音楽を聴いてきた。だから、かなり高価な同誌を買って情報を手に入れる必要がなくなり、ごく自然に離れてしまったのだ。わたしはオーディオマニアではないので、先のベルリンpoでいえば、せいぜいC.アバドの時代ぐらいまでで、SACDをみずから制作するS.ラトル時代のベルリンpoは、さほど録音など気にすることもなく、そのまま現装置でふつうに聴いてきた。
 そもそもディスク会社(いわゆるレコード会社)が、確実に売れるCD(レコード)しか制作しなくなり、それも売れなくなって青息吐息なのは知っていた。だが、思いどおりのCDを制作してくれないレコード会社を見かぎり、オーケストラ自身がCDを制作し音楽データサイトを起ち上げて販売する「直販」システムが、ここまで広まりつつあるのは知らなかった。Bpoレコーディングスもそうだが、ロンドンOのLsoライブやロイヤル・コンセルトヘボウOのRCOライブなども、みなオーケストラ直営のレーベルだとか。確かに、音楽のカテゴリーを問わず、オーケストラやビッグバンドの演奏を録音することは、莫大な経費の発生とリスクを覚悟しなければならない。
 いまの若い子たちは、そもそもCDさえ買おうとはしない。好きな曲があれば、アルバムではなく1曲ごとにダウンロードし、ローカルのスマートデバイスで気が向いたときに聴くだけだ。街中からレコード店が次々と消滅していったのと、スマートデバイスの普及はみごとにシンクロしている。さすがに、録音時間の長いクラシックはCDが主流だったが、それでも通信速度が1Gbps時代を迎えたあたりからPCや専用コンソールへダウンロードし、オーディオ装置に接続して直接データを再生するファンが増えている。つまり、ディスクというメディア自体が不要な時代を迎えたわけだ。
 音楽業界でも、本の世界とまったく同じ現象が起きていたことがわかる。つまり、あらかじめ売れると営業判断されたレコーディングしか行われず、できれば定評のある過去の「名盤」だけをプレスしていれば、なんとか各ジャンルごとの部門ビジネスをつづけられる……というような事業環境だ。だから、よほど売れそうなミュージシャン(の演奏)でないかぎり、新盤を制作するプロジェクトは「冒険」と考えられ、クラシック(JAZZも同様だろう)などのジャンルだと音楽家の想いどおりのアルバム(CD)など、まず制作することが不可能になった。だから、音楽家やオーケストラ自身が直接CDをプレスするか、音楽データサイトを構築してサウンドデータを直販するのは必然的な流れだったのだろう。1980年代から90年代にかけて、世界じゅうの音楽会社が競い合うようにいい録音を繰り返し、多彩なコンテンツを制作していたころが、まるで夢のような状況になっている。


 ちょうど、ある分野では重要で十分に意味のある内容なのに、本の量販が見こめないため首をタテにふらない出版社を見かぎり、やむなく著者がネット出版に踏みきるのと同様の流れだ。これは、レコード会社や出版社にしてみれば、一時的に「リスクと赤字を回避した」ように見えるけれど、もう少し長めのスパンで考えた場合のより危機的で深刻なリスク、すなわちメディア(ディスクや本など)自体がそもそも消滅しつつある事態に拍車をかけている……ということになる。徐々に、ときには急激に、マーケットが縮小する「自主制作」へのシフトは、書籍よりも音楽の世界のほうが速いのかもしれない。
 いまの若い子たちは、オーディオ装置さえ持っていない。わたしのいうオーディオ装置とは、スマートデバイスに付随するイヤホンやヘッドホン、小型スピーカーではなく、TVモニターの周囲に展開され通常「AV」と呼称される、映像をともなうサラウンドシステムでもない。できるだけライブハウスやコンサートホールに近い空間のサウンドをめざし、純粋に音楽を再生する機器群、すなわちアナログ/デジタル各ターンテーブルやDAコンバータ、コントロールアンプ、パワーアンプ、スピーカー、イコライザー、各種レコーダー……などの装置を組み合わせたものだ。
 いつか、子どもにFOSTEXの自作スピーカーとプリメインアンプ、CDプレーヤーを買ってあげたらほとんど興味を示さず、音楽はおもにヘッドホンで聴いていた。そのうち、お小遣いをためてステレオCDラジオを買っていたが、それもスマホが手に入るとあっさり不要になった。でも、音楽をちゃんと空気を震わせてリアルに聴きたいという欲求はあるらしく、ときおり椎名林檎Click!のCDやDVDを、わたしのオーディオ装置で聴いていた。
 なにが「いい音」なのか、あるいはどのような「音がリアル」なのか、おそらく音楽におけるサウンドの定義からして、わたしとはかなりズレがある世代なのだろう。深夜にヘッドホンで、大きめに鳴らすレスター・ケーニッヒの西海岸Contemporaryサウンドもいいけれど、やはりJAZZClick!やクラシックなどの演奏は実際の音で、空気をビリビリClick!震わせる少しでもリアルな空間で聴きたくなるのだ。


 「Stereo Sound」200号を眺めていたら、SACDプレーヤーがずいぶん安価になり、手に入りやすくなっているのに気づいた。同時に、さまざまなオーディオ機器が目の玉が飛び出るほどの価格になっていることに唖然としてしまった。20年前と同じレベルの装置が、2倍あるいは3倍もするのに呆れ果ててしまった。ちょっとしたアンプやスピーカーは、100万円以下のものを探すのさえむずかしい。国産の中型スピーカーでさえ、従来は30~50万ほどでそれなりに品位が高く非常に質のいい音を響かせていた製品が、100万円を超えるのだからビックリだ。アンプにいたっては、もはや冗談としか思えないような値段の製品が並んでいる。これもまた、若い子のオーディオ離れとスマートデバイスの普及にシンクロした、先細りをつづけるマーケットにともなう現象なのだろう。
 それなりの品質をしたオーディオ機器は、各メーカーとも小ロット限定生産どころではなくなり、限りなく個別受注生産に近づいてしまったため、この20年間でとんでもない値上がりをしてしまったのだろう。また、大手オーディオメーカーの内部でさえ事業を支えきれなくなり、独立した技術者たちが新たにガレージメーカーを起ち上げ、良心的な製品を提供するとなると、「これぐらいの価格は覚悟してください」ということなのかもしれない。デフレスパイラルがずっとつづいてきた中、これほど高騰をつづけた製品分野もめずらしいのではないだろうか。
 そんな中で、がんばっているメーカーもある。高価なのでなかなか手に入れられず、せめてJAZZ喫茶やライブスポットなどでサウンドを楽しむだけだった、アンプ(とスピーカーXRTシリーズ)のマッキントッシュ(McIntosh)社だ。音楽好き(特にJAZZ好き)が「マッキントッシュ」と聞けば、アップル社のPCClick!ではなく、まずアイズメーターがブルーに光る同社のアンプをイメージするのは、いつかの記事にも書いたとおりだ。たまたま「Stereo Sound」200号には、同社の訪問記や社長・社員へのインタビューが掲載されているが、製品のラインナップと価格は20年前とそれほど大きく変わってはいない。一時期は日本のクラリオンに買収され、どうなってしまうのかと案じていたけれど、なんとか危機を脱して新社屋や開発研究拠点を建設し、米国の精緻な職人技を受け継いで、R&Dも含め経営は安定しているらしい。ちなみに、何十年にもわたって精緻な技術を支えている職人たちに女性が多いのも、同社の大きな特徴だろう。

 
 残念な記事も載っている。わたしがサウンドの指針(師匠)として昔から頼りにしていた菅野沖彦が、数年来の病気で同誌の執筆を中止していることだ。このサイトでは、三岸節子Click!の再婚相手である菅野圭介の甥として、三岸アトリエClick!を訪れた菅野沖彦Click!をご紹介している。「Stereo Sound」誌を買うのは、彼が新製品や新たに開発された技術によるサウンドに対し、どのような受けとめ方や感想を述べるのかが知りたかったという側面も大きい。お歳からして無理なのかもしれないが、可能であれば執筆を再開してほしいと切に願うしだいだ。
 こんな記事を書いていたら、無性に音楽が聴きたくなった。夜中なので大きな音は出せないが、いまターンテーブルに載せたのはJAZZでもクラシックでもなく、丸山圭子のボッサ『どうぞこのまま』Click!。オーディオ+音楽文化が滅びませんよう、どうぞこのまま……。

◆写真上:「Stereo Sound」の名機たちにはとても及ばない、わが家の迷機の一部。
◆写真中上は、読んでいるだけで楽しかった1980~90年代の「Stereo Sound」表紙。掲載されている製品は、当時からほとんど手が出ないほど高価だった。は、長期間にわたり「Stereo Sound」誌のリファレンスモニターだったJBL4344の“顔”。
◆写真中下は、ニューヨーク州ビンガムトンにあるマッキントッシュ・ラボラトリー本社。は、JAZZ用のアンプリファイアーとして憧れのコントロールアンプC52。
◆写真下は、ベルリンpoレコーディングが制作したS.ラトル指揮のベートーヴェン・チクルス。日本で買うと非常に高価なので、ドイツに直接注文したほうが安く手に入りそうだ。下左は、1967年(昭和42)の創刊号から数えて「Stereo Sound」創刊50周年・200号記念号。下右は、執筆活動を再開してほしい菅野沖彦。