わたしが、定期健診に通っている歯医者さんは、なんとJAZZ歯医者だ。いつも朝っぱらから、マイルスやコルトレーン、バードやペッパーなどをけっこうな音量で流してる。JAZZ喫茶とかJAZZバーとかは聞くけれど、JAZZ歯医者というのは珍しい。きっと、わたしの主治医は、かなりのJAZZファンなのだろう。よく聴いてると、それがけっこうマニアックな選曲をしていて、1964年トロント・ライブのフリー突入直前をとらえた『マイ・フェイバリット・シングス』(コルトレーン)とか、アルトを質に入れたバードがテナーを持って演奏する『スウェディッシュ・スナップス』とか、いわゆる“名盤”と呼ばれる作品ではなくて、濃いJAZZファンだったらついニヤッとするような玄人好みのアルバムを選んで流している。昨年のクリスマスには、文字どおりマイルスとモンクのPrestigeクリスマスセッション(俗に喧嘩セッション)が流れていて、思わず大きなマスクをした先生に両目でウィンクをしてしまった。
 いつも口をアーンと開けて、歯石を取ってもらってるから、改めて「はひゅははれかおふひれふは?(JAZZは誰がお好きですか?)」などと間の抜けた質問もできないし、なかなか詳しいことを訊けないでいる。それに、彼女は治療に熱中するとちょっと怖いし、ちゃんと歯磨きを実行してないと容赦なく叱られる。でも、キーーンと水圧で掃除されたり、ガーーッと歯ヤスリで磨かれたりしているとき傍らでJAZZが流れていると、とても救われるのだ。「この曲は海からの帰り、横浜の“ちぐさ”でリクエストした」とか、「懐かしの田園コロシアム版ライヴ・アンダー・ザ・スカイで生を聴いたぜ」とか、サウンドとともに思い出がよみがえり、とにかく気がまぎれて現実逃避にはもってこい。
 そんな楽しみもあって、ずいぶん以前からJAZZ歯医者さんへ通っているのだが、先週出かけてみて驚いた。いつもの4ビートや8ビートじゃなく、ピアノのソロが流れていたのだ。「おや、きょうは珍しくキース・ジャレットかリッチー・バイラーク、はたまたレイ・ブライアント路線か?」と聴き耳を立てたら、…ぜんぜん違うのだ。そのうちストリングスが加わって、なんと『冬のソナタ』のサントラCD。どうも彼女、「冬ソナ」にいかれちゃってJAZZを流すのをやめてしまったようなのだ。先生、お願いだからJAZZを流して。「冬ソナ」じゃ、キーーンにガーーッの気がまぎれません!(汗)