わたしが初めて聴いたJAZZアルバムが、このクロード・ウィリアムソンの『’ROUND MIDNIGHT』(1956年)だ。なんとも地味なジャケットデザインで、レーベルも“モダンJAZZ聖地”のBethlehemとしぶく、ウェストコーストのパウェルといわれていた彼の演奏も、いまから聴くと特にどうってことない。でも、当時はこのピアノトリオのサウンドが、とても新鮮に聴こえていた。
 1970年代の半ば、新宿三丁目あたりに「びざーる」というJAZZ喫茶があった。歩道から地下へ階段を下りていく、けっこう大音量でうるさいJAZZ喫茶だった。オープンしたのは古く、東京オリンピックのころだと聞く。70年代に入ってから、昼間はJAZZ喫茶だが夜になると酒が飲める「びざーるII」が、新宿二丁目の近くにオープンした。こちらも地下で、「びざーる」本店よりは音量が小さかったように思う。当時、高校生だったわたしは、友人と新宿へ遊びにきた帰りに、なぜかこの「びざーるII」のほうへ立ち寄った。ふつうの喫茶店だと思ったのだ。
 ところが、入ってみて後悔した。とても会話できるような雰囲気ではなく、サックスが大音量で流れている。(いまからだと、それほどの音量ではなかったのだが) 友人とすぐに出ようとしたけれど、すかさず水が運ばれてしまった。しかたがないので、アイスコーヒーを注文して友人と大声で会話するハメになった。そのとき流れていたのは、おそらくハンク・モブレーのテナーだったと思う。そそくさとコーヒーを飲んで、早めに出ようとしたときにアルバムが変った。店員が、柱につけられた<演奏中>のラックへ、新たに入れていったジャケットがこれだった。それまでは、クラシックやロック、ポップスしか聴いてこなかった耳に、クロード・ウィリアムソンの『’ROUND MIDNIGHT』はとても新鮮に聴こえた。ジャケットを手にとって読んでみたりして、結局、A面をすべて聴いてから店を出た。
 それからすぐに、JAZZにのめりこんだわけではない。もうひとつ、同じような経験が重なることになる。しばらくして、今度は横浜の石川町にあったJAZZ喫茶「IZA II」で、やはりピアノトリオを聴いている。「IZA」は、いまでも鎌倉に営業をつづけるJAZZ喫茶&バーの老舗で、70年代半ばに支店を横浜へ出したばかりだった。どうやら、わたしは支店の「II」から入るのが得意らしい。(夜に入るとライブも盛んで、大好きだった「IZA II」は80年代初めに閉店している) このときかかっていたのは、ケニー・ドリューの『The Modernity of Kenny Drew』(1953年/Verve)と、これまたメチャクチャしぶい作品だった。

 このときから、JAZZを本格的に聴いてみようと思いたったのだ。さっそく、ピアノトリオの2作品(LPレコード)を手に入れた。さんざん聴きこんだが、聴くだけではあきたらず、クロード・ウィリアムソンの「Stella by Starlight」のように弾けたらと思い、むこうみずにもピアノに向かった。でも、ぜんぜん指が思うように動かずダメだった。もっとも、JAZZを採譜してコピー演奏してもまったく意味がないのは(運指の練習ぐらいにはなるか)、少ししてからわかったことだ。
 足しげく通った「びざーる」本店のほうは、いまでも営業をつづけているが、JAZZ喫茶ではなくワンショット・バーに変わってしまった。70年代の当時、「びさーる」本店にはビートたけしがボーイとして働いていたそうだが、ひょっとすると水とおしぼりを運んでもらったかもしれない。