以前、鈴木誠Click!のご遺族に「下落合風景」作品がないかどうかお訊ねしたのだが、記憶にはないとのことで残念に思っていた。佐伯祐三Click!が下落合にアトリエClick!を建てて間もないころ、連れ立って長崎界隈へ写生にも出かけているので、付近の風景も必ず描いているのではないか?・・・と考えていたのだが、やはり制作していたようだ。探し出してくださったのは、新宿歴史博物館の「佐伯祐三-下落合の風景-」展Click!でご一緒した美術家の方だ。
 1928年(昭和3)に制作され、帝展に出品されている鈴木誠『初夏の庭』がそれだ。でも、他の多くの資料では『初秋の庭』というタイトルになっているので、ほんとうは『初秋の庭』が正しいタイトルなのかもしれない。1928年(昭和3)というと、すでにお気づきの方も多いと思うが、佐伯祐三が二度めの滞仏中であり、この年の8月15日には死去する年だ。そして、鈴木誠はパリへと旅立ってしまった佐伯一家の依頼で、佐伯アトリエの留守番をしていた時期に当たる。
 もし、タイトルが「初夏」であれば、佐伯がパリで他界するほんの少し前の作品であり、「初秋」であれば佐伯の死の直後ぐらい、すでに佐伯の死を知って描かれた作品ということになる。佐伯祐三の第2次渡仏作品が、パリから日本へ送られてきたとき外山卯三郎アトリエClick!へ収容されたのは、佐伯アトリエには鈴木一家が住んでいたからだ。鈴木誠は佐伯の没後、翌1929年(昭和4)には林泉園Click!に面した中村彝Click!のアトリエClick!を購入して、佐伯アトリエから700mほど東へ引っ越している。この転居は、運送屋を頼まず徒歩で行われたようで、ご遺族の証言によれば、家族全員で台所用具や日用品などを手で下げて、ぬかるんだ道を苦労して運んだそうだ。
 
 さて、『初秋の庭(初夏の庭)』に描かれた庭は、いったいどのあたりの情景なのだろうか。まず、すぐに目を引くのは、手前に植えられているユッカランと思われる植物だ。わたしが子供のころまで、ユッカランは家々の庭や道路のロータリーなどによく植えられいて、頻繁に目にする植物だった。おそらく大正末から昭和にかけ、庭木として流行した時期があったのだろう。ユッカランは、初夏にクリーム色のスズランのような形をした花をつける品種が多いようなので、花が見えない画面の様子をみると、やはり初秋の風景ではないかと思われる。
 ユッカランを取り巻く木々は、さまざまなものが植えられているようだ。画面の左端には、おそらくヒマラヤスギと思われる針葉樹が見えている。ユッカランの陰には、背の低い生えたばかりの棕櫚がのぞき、遠景の大きな樹木はおそらくケヤキだろう。画面の右端に見えている樹木は、よくはわからないが枝葉の手入れがされているようだ。当時の下落合の住宅街は、どの家々も屋敷林が豊かな緑の街だったはずで、このような風景は随所に見られていただろう。光線の射し方からみて、手前が南で画面の奧が北のように思える。左上の空に鳥が飛んでいるように見えるのは、その翼を拡げたかたちから類推すると、タカかツミなどの猛禽類だろうか?
 
 もし、この情景が1928年(昭和3)現在の佐伯アトリエの庭だとすると、画面奧(北側)に見えている住宅は酒井億尋Click!邸ということになる。曾宮一念Click!が石をぶつけたネコの飼い主で、のちに鎌倉で病死する朝子夫人Click!が暮らしていた家だ。そして、画面の右手枠外には門があり、細い路地が南北に通じていて、当時は南北どちら側へも通り抜けることができた。この路地を南へたどると、画面背後にある青柳邸Click!の横手を抜け、聖母病院Click!のフィンデル本館Click!が建築される3年前の青柳ヶ原Click!へと出ることができた。でも、佐伯アトリエの庭にしては、当時からの特徴として挙げられるイチョウの大樹らしい影が1本も見えない。
 1945年(昭和20)の春から初夏にかけ、下落合は二度にわたる米軍の激しい絨毯爆撃にさらされている。同年5月25日の山手空襲Click!の際、佐伯アトリエが焼け残ったのは敷地を囲むように生えていた、イチョウClick!の屋敷林のおかけだったという逸話が残っている。確かに戦後、1947年(昭和22)に撮影された空中写真を確認すると、延焼をまぬがれたのは敷地を囲むように繁っていた、濃い屋敷林のおかげだったことが歴然としている。この作品が佐伯アトリエの庭だとすれば、もう少しイチョウの木々が見られてもいいような気がするのだ。それとも、イチョウはこの庭の情景のあと、鈴木誠が転居してからのちに植えられたものだろうか?
 
 さて、『初秋の庭(初夏の庭)』が佐伯アトリエの庭でないとすると、どこを描いたものか見当がつかない。このような風情は、下落合のいたるところに見られたはずで、鈴木誠は佐伯アトリエのごく近くの庭先を写生しているのかもしれない。戦災で焼けている可能性が高そうな『初秋の庭(初夏の庭)』だけれど、モノクロ画面ではなく一度カラーで観てみたいものだ。

◆写真上:1928年(昭和3)に帝展へ出品された、鈴木誠『初秋の庭(または初夏の庭)』。
◆写真中上:左は、酒井邸側から眺めた佐伯アトリエ。右は、青柳邸側から垣間見た同アトリエ。
◆写真中下:左は、1925年(大正14)に作成された南北が逆さまの「下落合及長崎一部案内」図(通称:出前地図)。右は、1947年(昭和22)の空中写真にみる佐伯アトリエ。
◆写真下:左は、1984年(昭和59)に撮影された解体直前の佐伯邸母屋南端に位置する米子夫人の茶ノ間。右は、新緑が美しく映える下落合の目白崖線の森。