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元神はいったい誰だったのか? [気になる本]

 いまでは、ネットを検索すれば簡単に入手できるが、1990年代初めぐらいまではなかなか手に入らなかった本だった。1962(昭和37)に刊行され、東京オリンピックが開かれた1964年(昭和39)ごろまで何度か増刷されたが、その後ほどなく絶版となり、二度と出版されることはなかった。わたしは、神保町で足を棒にして探したが、見つからなかった。ところが、高田馬場から早稲田を散歩していたら、手近な古書店街で難なく手に入ったのを憶えている。
 『神社名鑑』は、日本全国の神社情報の詳細を網羅した「大事典」で、神社本庁のキモ入りで出版された。この「大事典」のよいところは、明治政府によって現在、十把ひとからげに「神社(じんじゃ)」と命名されてしまった、明神、天神、稲荷、八幡、権現、弁天など全国のさまざまな社(やしろ)や聖域について、摂社や宝物、氏子の戸数や参詣者数など詳細なデータが網羅されているばかりでなく、由来沿革の項ではかなり率直に「神さま」の人為的な移動を記録している点だ。つまり、明治政府の教部(文部)官僚によって恣意的に入れ替えられ、勝手に編成しなおされて奉られた神が、どの神であるのかをほぼ掌握できることだ。
 うちは享保以前から家が代々、江戸総鎮守・神田明神Click!の氏子ということになっているから、わたしは明治政府の「意向」には反感を持ちこそすれ、まったく好意的ではない。『神社名鑑』を見ることで、もともと、そこに奉られていた神(元神/地主神)は、ほんとうはどの神であって、明治官僚が無理やり勧請させ、あるいは合祀させた「場違い」の神を推定することができる。すなわち、本来の社の姿を、不十分ながらうかがい知る手がかりになる。このへん、国家神道的な匂いが残る神社本庁の出版にもかかわらず、日本古来の神々を好き勝手に「いじった」経緯については、意外に正直といえるだろう。驕慢でバチ当たりな明治官僚に、日本の神々の天罰よ下れ。(遅かったか・・・)
 近所を見わたせば、たとえば下落合の氷川明神は女体宮であって、江戸時代までは櫛稲田姫(クシナダヒメ)のみ一柱が奉られていた。ところが、おそらく1873年(明治6)から数年にかけ同じ出雲神とはいえ、なぜか素戔鳴(スサノオ)と大国主(オオクニヌシ/オオナムチ)が合祀されている。同じことが、高田の氷川明神男体宮だった素戔鳴(スサノウ)一柱の社にもいえる。大宮にある氷川明神を『神社名鑑』で調べてみると、神紋は出雲の「八雲」紋で、大宮の氷川明神にも神田川流域と同様に、女体宮(クシナダヒメ)と男体宮(スサノオ)があったことがわかる。

 さて、それ以上のことを識ろうとすると、『神社名鑑』ではまったくの役不足だ。そこで、各地に奉られた「神」の真相とは、いったいどのようなものであったのかを突っ込んで調べるには、谷川健一・編による『日本の神々-神社と聖地-』全13巻(白水社)が最適だ。これを超える著作は、21世紀になった現在でも出現していない。たとえば、先の大宮にある氷川明神には、摂社として「荒脛巾(アラハバキ)」社が存在することがわかる。アラハバキ神は片目で片足が萎えてしまい、たたらを踏みながら歩く特別な地主神で、きき足きき目によるフイゴ踏みと熔炉の火吹き作業で障害を負った、大鍛冶(タタラ)の奉じた産鉄神だといわれている。いまでは摂社となってはいるが、これが本来の元神の柱のひとつではないのか?・・・という疑いが強くなったりする。
 社(やしろ)を、そのまま神話的に捉える視点に加え、その聖域のさまざまな伝承や地勢、風俗、風習、地名、遺跡成果物なども踏まえ、民俗学的なアプローチを試みる視点が盛んになった。すると、見えなかった歴史、隠されてしまった歴史が、まるで目のくもりを払うようにパッと眼前に出現したりする。『神社名鑑』は、明治政府の「意向」をそのまま引きずりつつも、江戸期以前より、遥かいにしえの原日本へとたどる社の姿、本来の聖域が意味するものを探る、ファーストステップになりえる資料として貴重だ。

■写真は神社本庁『神社名鑑』(初版/1962年)。は谷川健一・編『日本の神々-神社と聖地-』全13巻(1984年・白水社)の第13巻「南西諸島」編。


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ChinchikoPapa

すみません、気がつきませんでした。ずいぶん前の記事に、nice!をありがとうございました。>zankiさん
by ChinchikoPapa (2012-03-16 17:19) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございました。>さらまわしさん
by ChinchikoPapa (2014-09-03 22:33) 

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