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負け犬のシネマレビュー(17)『松ケ根乱射事件』 [気になる映像]

町ごとぶっ壊れた等身大の日本
『松ケ根乱射事件』(山下敦弘監督/2006年/日本)

 やってくれました、山下監督待望の新作である。 時代は、またしても『どんてん生活』や『ばかのハコ船』と同じバブル崩壊後。だが、今回舞台は一面雪に覆われたイナカ町。その絶景を引いたり、寄ったりするカメラが時おり眠気も誘う(もちろんほめているのだ)実に映画的な映画である。
 『リンダ、リンダ、リンダ』Click!でかれの作品を知った人は、えっ? と思うかもしれないが、デビュー作から追いかけてきた人はまずこのタイトルに、そしてオープニングの「これは実話にもとづいた話。作り手のクセで誇張云々……」に、そして物語のはじまりにほくそ笑むに違いない。
 ぬるま湯のような町でだらだら生きているうちに歳をとってしまった人たちと、そこを出る機会を逸し鬱屈を抱えながら過ごしているうちに町の空気になじんでしまった若い人たち。隣近所はみな、顔見知りばかりのイナカ町に、外から入ってくるのはわけありに決まっている。消え入りそうな弱々しい声と、ていねいな口調で激しく自己主張する川越美和は『ばかハコ』の小寺智子がひらきなおった感じ。見た目どおり乱暴な木村祐一はその理屈も乱暴だが、ことば使いだけはこれまた妙にていねいなのがおかしい。こちらも山本浩司の、出てきただけで笑えるおかしな風貌が迫力ある風体に変わっただけと思えば、あの愛すべきふたりが成長(?)して帰ってきたと見ることもできる。
 
 認知症のじいさんはともかく、例によって出てくる男はどいつもこいつも理屈にならないヘリクツで自分を正当化する身勝手なやつばかり。対する女は一見肝が据わっていそうにみえるが、よく見れば惚れた弱みにつけこまれているだけと、やっぱりどこかおかしい。その最たる男が三浦友和である。自分のことは棚にあげ、きらきら瞳を輝かせ、くだらない説教をたれる。これまた『台風クラブ』のぐーたら教師があのまま能天気に歳とって、あきれるほど無邪気なまま父親になったというところか。畳に寝そべって女に甘える姿がこれほど似合う中年はいない。これが素だとは思わないが、こういう役を喜々として演っているところが全然いやらしくなくて、魅力的である。
 そう。気持ちと行動は必ずしも一致しないように、世の中には理屈で割り切れないことがたくさんある。血のつながりもそうだし、男女の仲も。というわけで本作も見ているうちにオチはわかるが、これ、どうやってまとめるんだ? と思っていたら、山下らしく、ダメ男の口説きにも似た強引さと寛大さで、そーだよねえ人間なんてどうしようもない生き物だもんね、それでも生きていかなきゃしょうがないもんねえと、みごとにまるめこんでしまう。
 どうしようもない人たちを憎めないキャラクターにしてしまうのは毎度のことだが、そのたびに驚かされるのはその若さだ。たった30歳やそこらで、老いも若きもなさけない連中に、ここまで愛情のこもった視線を注げるやさしさはどこに端を発するのか。プレスシートで三浦友和もコメントしていたが、いったい監督の山下や、かれと組んでこんな脚本を書く向井康介はどんな子ども時代を過ごしたのだろうと思うが、その感性がバブルのはじまりと終わりを見たことによって形成されたとしたら、バブルが日本にではなく、日本映画に与えた功績は大きいと思う。
 
 昨年度は邦画の興行収入が外国映画を大きく上回ったという。大ヒットした『フラガール』も、もはや格差社会を受け入れるしかないという諦観思想をもたらす作品だったが、21世紀に入って特徴的なのは、中年期にある監督がテンションの高い若々しい映画を作るのに対し、20代、30代の若い監督が妙に老成した映画を作ること。きっと、あらかじめあきらめ、脱力した若者たちのこのせつなさ、『バブルへGO!!』なんて言ってる人たちにはわかってもらえないだろうと思うけど……。
                                          負け犬

『松ケ根乱射事件』公式サイトClick!
2月24日~「テアトル新宿」「ワーナー・マイカル・シネマズ板橋」にてロードショー予定


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