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あれに聞こゆるは山鹿流の陣太鼓。 [気になるエトセトラ]

 赤穂浪士たちが、南本所は松坂町の吉良邸へ討ち入ったとき、近所の人たちはすぐ異変に気がついたようだ。積雪でデッドな音響環境になってたにせよ、異様な叫び声や、邸を囲む組長屋を釘づけしてまわる金槌の音は、かなり明瞭に響いただろう。でも、山鹿流の陣太鼓は鳴らなかった・・・というのが定説だ。「おのおのがた、討ち入りでごさる」などと宣言して、「まさしく、あれに聞こゆるは山鹿流の陣太鼓」などと、隣り近所へもうるさく響くような太鼓を打ち鳴らしてしまっては、吉良邸内にもさとられていまうわけだから、確かにありえない話なのだ。彼らが実際に所持していた品々に、太鼓は見あたらない。芝居や講談の世界はともかく、実際には非常に隠密裏に、周囲にも気を配って粛々と行われたに違いない。一昨年、佐藤篠右衛門の子孫宅から新たに発見された『浅野内匠頭御家士敵一件』では、47人の浪士たちばかりでなく、その家族や親戚、友人、家人などの大人数が吉良邸を取り囲んで警戒し、ゆうに100人を超えそうな支援体制が敷かれていたことが判明している。
 ところで、山鹿素行(1622~1685)という人は面白い。甲州軍学の流れをくむ兵法家(独自の山鹿流軍学の祖)であり儒教家なのだが、かなり風変わりなところが見える。会津生まれで反骨心が旺盛なのか(当時、「会津人」はまだ形成されてなかった?)、大名たちの招きにもなかなか応じなかった。例外的に、播州赤穂藩の浅野長直に千石で抱えられている。
 林羅山について朱子学を学んだが、王朝政治が武家政治にとって替わられるのは必然であり、世の中の「進歩」とまでいいたげな気配さえ漂わせる。王政復古を否定し、日本文化の外国(中華思想)崇拝を切り捨てるなど、独自の視点と論理を展開した。徳川幕府が泣いて喜びそうなことを言いながら、かたや官製ガクモンは観念論の役立たずと批判して幕府の逆鱗にふれ、再び赤穂藩へ、今度は配流されてしまう。
 山鹿素行が、赤穂浅野家や家臣団にどれほどの影響を与えたものか、正確にはわからない。配流の身なので蟄居していたはずだから、本は引きつづき書いていたろうけれど、講義をしたり門人を抱えたりはできなかったはずだ。それでも、大石良雄は素行について軍学を学んだ・・・とする説が、やたら多い。本ぐらいは読んでいたかもしれないが、彼の思想形成に大きな影響があったかどうかは詳らかではない。
 晩年、山鹿素行は幕府に許されて江戸へもどり、「積徳堂」を開いて兵法と古学を教えていた。1685年(貞享2)に没しているので、1702年(元禄15)の赤穂事件を知らない。生きていたら、なんて批評しただろうか? その“論理”から想像すると、幕府の意向を無視した彼らを「不忠者どもめ!」と、言ったかどうかも定かでないが・・・。素行は、牛込氏の菩提寺、弁天町の雲居山宗参寺に埋葬された。春先に出かけると、墓前の老梅が美しいそうだが、乃木希典邸から移植されたものだという。
 
 さて、芝居で「山鹿流の陣太鼓」が聞こえるのは、なにも『仮名手本忠臣蔵』ばかりではない。吉良邸の隣家・松浦邸の様子を描いた、吉右衛門の十八番(おはこ)『松浦の太鼓』、同じく隣家・土屋邸を描いた鴈治郎(大坂)の『土屋主税』、そして明治期、菊五郎の清水一角で当たりをとった『忠臣いろは実記』だ。これらの芝居は、すべて吉良邸内はもちろん、隣り近所へ太鼓の音がものものしく鳴り響くわけだから、もう赤穂浪士たちは「これから、ちょいと12・14テロをやらかしっちまうよ。どちらさまも、ごめんなすって」(ちなみに下町の職人言葉です)・・・と律儀に広報してから、討ち入ってるようなものなのだ。ありえない。

■写真上:宗参寺にある山鹿素行の墓。
■写真下は『仮名手本忠臣蔵』の十一段目・炭小屋の場。大星由良助は三代目・市川左団次。(昭和20年代) は『忠臣いろは実記』で陣太鼓の音に酔いがさめた、清水一角の十五代・市村羽左衛門。(戦前)


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Non*

初めまして。
いつも拝読させていただいております。
このように記事にされる事、感服の至りです。
不勉強のためコメントできませんが、よろしくお願いします。
by Non* (2005-12-15 10:08) 

ChinchikoPapa

Non*さん、コメントとnice!をありがとうございました。<(_ _)>
こちらこそ、まだまだ不勉強ですので誤りがあるかもしれません。なにかお気づきの点がございましたら、ご指摘ください。Non*さんのブログ、とても美しいですね。さっそく、「読んでるブログ」に登録させていただきます。
by ChinchikoPapa (2005-12-15 11:33) 

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