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負け犬のシネマレビュー(20) 『イントゥ・ザ・ワイルド』 [気になる映像]

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あまりにも純粋な不器用さが痛々しい
『イントゥ・ザ・ワイルド』(ショーン・ペン監督/2007年/米国)

 エルサレム賞を受賞した村上春樹は、ちいさな卵と立ちはだかる壁があれば、どちらが正しくても自分はいつでも卵の側に立つとコメントしていたが、正誤を決定するのは誰なのかという疑問が残る。小説にしろ、映画にしろ、芸術とはマイノリティに身を置き、そこに視点を据えるのは言わずもがな・・・。
 しばらく足が遠のいていた映画館へ久しぶりに向かわせたのは、監督ショーン・ペンという名前。『ステート・オブ・グレース』(90)のすばらしすぎる演技に、こいつ、ただの不良じゃなかったんだと驚いた。そのとき感じた“もやもや”を、翌年自ら監督した『インディアン・ランナー』で解明し、95年にはジャック・ニコルソン、アンジェリカ・ヒューストンを迎え『クロッシング・ガード』を演出。ジョン・カサヴェテス亡き後のアメリカの影を継ぐのはかれをおいてほかにないと確信した。
 そのペンの名とともに「青年はなぜ荒野に消えたのか」という宣伝コピーを見て、また犯罪の話かと思った負け犬、あほですねえ。そうであろうとなかろうとショーン・ペンだもんね、と出かける負け犬、ミーハーですねえ。でも出かけた甲斐はあった。めずらしくクリント・イーストウッドが監督に徹しながら音楽があまりにもひどかった出演作『ミスティック・リバー』(03)の面目躍如、選曲がすばらしかった。
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 基本、リュック担いで自分探しに出かけるようなやつは裕福な家の子どもだ。家庭環境に多少問題があるにせよ、中流に生まれて成績優秀で将来を嘱望される人間がなぜひとりで荒野をめざすのか。望んだわけでもないのに毎日がスリリングでエキサイトな家庭内荒野に身を置いてきた負け犬には感情移入できないが、ここで泣かすぞと盛り上がる音楽には、ついもらい泣き。金持ちの息子に感情移入はできなくても、ないものねだりは人の情。自分を試してみたい気持ちはわかる。
 かつては私もコトバの通じない国で何カ月もひとりで暮らせるひとを超人のように思い、憧れた。しかし実際にリュックひとつで旅するひとと出会ってみれば、かれらも寂しがりで小心で、だからこそ孤独に身を置いてみたい自分と同じ弱虫だとわかる。理屈っぽすぎて日本じゃ使えない極端なインテリもいれば、頭はいいのに体が動かない口ばかり達者なのもいる。長居すればジャンキーにもなるし、お金がなくなれば1円2円高い率での両替に躍起になるしみったれにもなってしまう。
 そういう人間を目の当たりにし、また自分もそうなりかけているのに気づいたとき、帰らなきゃまずいぞと思うのが旅だ。しかし、この映画の主人公クリス・マッカンドレスは生真面目すぎた。潔癖すぎた。裏を返せば融通のきかない頑固者である。ジャック・ロンドンもソローもトルストイもいい。それはわかる。でも90年に大学を卒業したアメリカ人が、なぜトバイアス・ウルフを読んでいないのだ。その自伝を映画化した『ボーイズ・ライフ』でジャック・ロンドンに傾倒する主人公を好演したディカプリオは言う。
 「今日から僕のことをジャックと呼んでくれ」
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 クリスも、アレグザンダー・スーパートランプなんて名乗るくらいのユーモアはある。でも、きっとトバイアス・ウルフを読んでいなかったのだろう。『ボーイズ・ライフ』を読んでいたら、命の次に大切なお金や、車を捨てたりしなかったかもしれない。ひとのこと言えないが中途半端な読書は、中途半端な頭でっかちになるだけだ。
 同じロードムービーでも『テルマ&ルイーズ』とか『天使が見た夢』とか『ベーゼ・モア』なんて女が主人公の映画はどれも衝撃のラストまでにプライドどころか、見栄も意地もかなぐり捨てるのに。とはいえ、いま挙げた映画はクリスのようにストイックな旅ではないが。
 この旅に出たことをクリスは、ほんとうに一度も後悔しなかっただろうか。路上生活をしながら、旅の途中で出会ったひとの遠慮がちな忠告を聞いておけばよかったと、一度も考えなかっただろうか。くたくたになるほど体を酷使して働きながら、こういう経験をしたいがために旅に出たのだと、心の底から自分の選択に胸を張れただろうか。それを想うとせつないが、男のいう純粋は、命をかけて意地を張る“向こう見ずなあまのじゃく”のことらしく、ぜんぜん感情移入できないぞ。
 でも、嫌いになれないんだな、こういう男・・・。
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 DVD発売中。アラスカの大地を大きな画面で見たい方は、私の大好きな三軒茶屋シネマ(4月4日から『その土曜日、7時58分』と同時上映)へ。
 役者ショーン・ペンのアカデミー主演男優受賞作『ミルク』は4月18日から公開。ゲイを公言しながらカリフォルニア州で初めて公職選に公認されたハーヴェイ・ミルクの映画は、ガス・ヴァン・サントの本作以前にドキュメンタリー作『ハーヴェイ・ミルク』(84)もあるので興味がある方はこちらもどうぞ。
                                               負犬

『イントゥ・ザ・ワイルド』公式サイトClick!
「三軒茶屋シネマ」にて4月4日(土)~17日(金) 同時上映『その土曜日、7時58分』Click!


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コメント 17

ChinchikoPapa

ジョセフ・ジャーマンは、身を入れて聴きこんだ憶えがないですね。ご紹介を感謝です。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 14:44) 

ChinchikoPapa

グムデパートは、よくレコードを探しに出かけました。日本の輸入業者でも手に入らない作品が、まだけっこうありましたね。店内の変わりようにはビックリです。nice!をありがとうございました。>takemoviesさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 14:48) 

ChinchikoPapa

気温が低いせいか、今年はなかなか花が散らなくていい具合ですね。何度かお花見ができそうです。nice!をありがとうございました。>shinさん

by ChinchikoPapa (2009-04-03 14:50) 

ChinchikoPapa

竹林は専門の手入れをする方がいないと、すぐに荒れてなかなか難しいようですね。鎌倉あたりで、いま課題になっているようです。nice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 14:53) 

ChinchikoPapa

わたしも昨日、この「ザ・コラム」の記事を読みました。報道されているのは、事実を「主観」的に捉えたほんの一側面にすぎないわけですから、報道されなかった部分とは何かを確認したり、想像したりする作業は非常に重要ですね。これは、ジャーナリズムの視点に限らず、史観にも通じるところだと思いますが・・・。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 15:01) 

ChinchikoPapa

技術はそこそこ揃っているのに、なかなか「映画」が発明あるいは進化をとげなかったお話、とても面白いです。19世紀後半、もう少しICT環境が整っていたら数十年単位で発明時期が早まっていたモノは、もっとたくさんあるのでしょうね。あとは、統合技術のような分野の意識と、進歩が必要でしょうか・・・。nice!をありがとうございました。>sigさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 15:08) 

ChinchikoPapa

> 男のいう純粋は、命をかけて意地を張る“向こう見ずなあまのじゃく”の
> ことらしく、ぜんぜん感情移入できないぞ。でも、嫌いになれないんだな、
> こういう男・・・。

パリで小説家の芹沢光治良に作品を見せるたび、「これは純粋ですか?」「この絵、純粋ですか?」「これも純粋ですか?」と訊いていた、佐伯祐三の姿を思い浮かべてしまいました。
ヴラマンクに叱られてから1年半、山田新一への手紙では200~300点は描いたけど、気に入っているのは10点ほどと書く佐伯は、意地になって向こう見ずな制作をつづけていたものか。彼の性格は「あまのじゃく」のようには思えませんが、生命をすり減らしながら描いていた・・・というのは事実に写りますね。
by ChinchikoPapa (2009-04-03 15:19) 

ChinchikoPapa

新井薬師の商店街は、歩いてると楽しいお店がたくさんありますね。それにしても、姫はつおい。^^; nice!をありがとうございました。>漢さん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 19:31) 

ChinchikoPapa

SLではボイチャが普及しかけてますが、プアなPC環境だとつらいものがあります。
nice!をありがとうございました。>ドチヨさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 19:35) 

ChinchikoPapa

墨田堤に植えられたオオシマザクラの葉から、桜餅が発明されたのは有名ですけれど、いまごろ向島の長命寺界隈はサクラ一色でしょうね。nice!をありがとうございました。>komekitiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 19:39) 

ChinchikoPapa

わたしも、実はパイとドーナッツには目がなかったりします。親父ゆずりでしょうか。
nice!をありがとうございました。>ponchiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 23:40) 

ChinchikoPapa

今年は、枝垂桜が案外早く花開いてますね。いつもですと、染井吉野が散ったあとに咲くのですが・・・。nice!をありがとうございました。>tasuchanさん
by ChinchikoPapa (2009-04-03 23:42) 

sig

すてきなコメントありがとうございました。
仰るとおりですね。ですから私たちはいい時代に生まれたのだと思っています。
Chinchikoさんのコメント、私のブログに貼らせて頂きたいと思います。
by sig (2009-04-04 11:14) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントをありがとうございます。
すみません、かえってお手数をおかけしてしまったようで恐縮です。
確かにいい時代に生まれたと思いますが、あまり進歩が速すぎても慌しいですね。^^; 3ヶ月たつと、システム技術や用語に変化のあるWebの世界は、ちょっとしんどく感じるきょうこのごろです。(汗)
by ChinchikoPapa (2009-04-04 16:11) 

ChinchikoPapa

会社のWebサイトに、活躍されたニュースが載るといいですね。
nice!をありがとうございました。>ねねさん(今造ROWINGTEAMさん)
by ChinchikoPapa (2009-04-04 16:15) 

ChinchikoPapa

カフェへ出かけると、そろそろアイスコーヒーをオーダーしたくなる季節になってきました。以前は冬でも飲んでいたのですが、さすがに身体が冷えるので今年の冬はブレンドを注文していました。nice!をありがとうございました。>甘党大王さん
by ChinchikoPapa (2009-04-04 18:41) 

ChinchikoPapa

市場の野菜が、目の覚めるような鮮やかさですね。
nice!をありがとうございました。>kakasisannpoさん
by ChinchikoPapa (2009-04-05 10:36) 

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