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小雨が降りそぼる青山の夜は・・・。 [気になるエトセトラ]

青山墓地2009.JPG
 子供のころ、親父から新聞記事にもなった“事件”として聞かされた怪談があった。小雨が降りそぼる夜、青山墓地(霊園)から下谷(ときに池袋)までタクシーに乗った女が、目的地の家に着いたとたん消えてしまった・・・という経緯だった。この“事件”に遭った直後、タクシードライバーは交番に駈けこむのだが、翌日から3日間高熱にうなされたらしい。“事件”の概略はこうだ。
 小雨が降りしきる秋口の深夜、青山墓地あたりを流していた円タク(1円タクシー)が、ひとりの女性客を乗せる。真夜中の時間帯からみても、若い女性が青山のさびしい墓地周辺を歩いているのはおかしいと思ったが、上がりが少なかった運転手はあまり気にせず、50銭の約束で女性を乗せた。「下谷までやってちょうだい」(ときに「下谷」が「池袋」として語られることも多い)と女はか細い声で言うと、そのまま黙りこんだ。女は雨に濡れたらしく、髪の毛からポタポタと雫を滴らせているのがバックミラー越しに見えている。菊模様の地味な銘仙も、雨でびしょ濡れのようだ。運転手は気味(きび)が悪いと感じたが、そのままクルマを飛ばして下谷(または池袋)まで走った。
 やがて、下谷(池袋)のとある家の前まで来ると、「ここがわたしの家です。おカネを取ってきます」と、いつの間にドアを開けて外へ出たのか、女は運転席へ声をかけると家の中へスッと消えた。それから、待てども待てども女は出てこない。しびれを切らした運転手が、とうとう家を訪ねて「いま銘仙を着た若いお嬢さんを乗せてきたんですが」・・・と事情を話すと、「それは、1年前に死んだうちの娘です。ちょうどきょうが、あの子の一周忌なんです」と母親らしい女性が応対した。運転手はタクシーの料金を払ってもらい、「これは娘が大切にしていた着物なんですよ」と母親が手にした着物を見ると、さっきまで女客が着ていた菊の銘仙だった。
 運転手はクルマにもどってバックシートを確認すると、いましも娘が座っていたところがグッショリと濡れている。彼は怖くなって近くの交番に駈けこみ、巡査に事情を訴えた。・・・と、都会の怪談フォークロアではよくある典型的なパターンのひとつだが、これは1932年(昭和7)10月3日の「報知新聞」に掲載された“実話”だ。運転手は当時23歳だった「横尾政一」さん、女性を乗せたのは青山墓地から下谷(現・御徒町界隈)までで、親父が話してくれた池袋とは方角ちがいなのが面白い。目的地が下谷では少々にぎやかすぎて、より怖さを増幅させるために郊外の寂しい「池袋」が選ばれ、戦前戦後は置換されて伝えられているのかもしれない。運賃の50銭は「母親」が代わりに支払っているので、タクシー料金を踏み倒す手間のかかった詐欺ではなさそうだ。
斎藤茂吉墓.JPG 鍋島直大墓.JPG
 さて、昔からそんなことを聞かされ脅かされて育ったわたしは、青山あたりを歩くことは非常に少なかった。ましてや大人になってからも、青山墓地の近くに会社のある知人や取引先から、深夜のビルで起きるさまざまなエピソードや怪(あやかし)を、聞かせられつづけてきたのでなおさらだ。青山は江戸期から寺々が多く、その墓地を改葬して街が造られている場所も少なくない。でも、この歳になると幽霊話も怖くなくなり、むしろ美しい銘仙を着た若い女性の幽霊に興味を持ったりするから困ったものだ。(爆!) ということで、青山墓地へ花見がてら散歩に出かけた。
 霊園事務所で園内マップをもらい、広い青山墓地の中をブラブラと散歩していると、春の陽射しがとても気持ちいい。歩いた当時、サクラは三分~五分咲きだったけれど、墓地のあちこちではシートが敷かれ、鍋を囲みながら花見をしている人たちがいる。墓地の死者たちの間で花見というのも、まあ一興なのだろう。そこここで“有名人”たちの墓に気がつき、お参りをして歩く。落合界隈に縁が深い人たちの墓も少なくない。園内でひときわ大きな敷地を占めるのは、鍋島家の墓所だ。近衛篤麿Click!のあとを継ぎ、東亜同文会Click!の二代目会長となった鍋島直大Click!の墓もここにある。ちょうど、斎藤茂吉の墓のある西側一帯の区画だ。鍋島直大は大磯Click!にも関係しているが、先日、旧邸が全焼してしまった吉田茂Click!も青山墓地に眠っている。
将門相馬家墓1.JPG 将門相馬家墓2.JPG
 鍋島家の墓所のすぐ南側には、宮本百合子Click!の墓がある。東京の小平にも墓地があるので、おそらく分骨しているのだろう。青山の墓は、実家の中條家のものだ。落合界隈では、宮本顕治と結婚してすぐに最勝寺の近く、旧・上落合2丁目740番地へ新居をかまえている。多くの写真に撮られたプロレタリア文学の旗手としての「宮本百合子」ではなく、少し前にご紹介したかわいらしいコスチュームで渡米前の、「中条ユリ」の姿が頭にこびりついて当分離れそうもない。
 もうひとつ、大きな区画を占めているのは将門相馬家Click!の墓所だ。半球形の陵墓には、初代の将門から代々つづく当主の名前が、40代近くにわたって刻まれている。墓所の東端には、3mはあろうかと思われる巨大な五輪塔と宝篋院塔があるのにも驚いた。おそらく当初、明治期に造られた墓石なのだろう。壮大な相馬家の墓所のすぐ近くには、目白中学校Click!へ通ってきていた埴谷雄高Click!(般若豊)の墓がある。「般若家之墓」は質素で、墓石の側面に「豊 平成九年二月十九日歿」と小さく刻字されている。この文字がなければ、誰も日本文学の“巨星”埴谷雄高の墓だとは気づかないだろう。少し肌寒かったけれど、ときどき休憩しながら陽当たりのいい青山墓地をゆっくり散歩するのも、なかなか悪くない。サクラが満開の時期には、きっととんでもない混み方をするのだろう。
埴谷雄高墓.JPG 宮本百合子墓.JPG
 ひとつ、気づいたことがある。青山霊園の北辺に、3方を見事に墓地で囲まれた都立赤坂高校がある。きっと、この学校に眠る怪談話は、並みの数ではないにちがいない。部活で遅くなったある夜のこと・・・とか、夏休みの夜に青山墓地へ集まって・・・とか、夕暮れに墓地の中を自転車で近道していると・・・とか、理科室の人体模型が陸橋を走って・・・とか、歴代の怪談話をぜひ採集してみたいものだ。大きな墓地は、街のフォークロアを無限に紡ぎだす、物語の“トレジャーボックス”なのだ。

■写真上:せっかく静かな霊域なのに、青山墓地から生臭い六本木ヒルズが目につく。
■写真中上は斎藤茂吉「茂吉之墓」、は東亜同文会会長の「侯爵鍋島直大卿之墓」。
■写真中下:将門相馬家の墓所で、初代将門から代々の当主名が陵墓に刻まれている。
■写真下は埴谷雄高「般若家之墓」で、側面に「豊」名が刻字されている。は宮本百合子「中條家之墓」で、前面の墓誌に「宮本百合子」の名前が彫刻されている。


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SILENT

青山墓地の吉田茂さんの墓の後ろは、義父の牧野伸顕さんの墓だそうですね。横浜の久保山墓地の吉田健三さんの墓の隣はお孫さんの吉田健一さんの墓が並んでいるそうです。墓のある場所だけでも人間関係が垣間見えてきますね。
by SILENT (2009-04-14 09:30) 

sig

こんばんは。
この怪談話は聞いたことがあります。それ程有名なんですね。
それにしても不思議なことですね。
青山墓地は遠いので、夏あたり、多磨霊園でも歩いてみようかと思っております。
by sig (2009-04-14 20:00) 

ももなーお

僕もかなり霊感が強いのですが、怪談話とかそういうのって、結構怖がられる物ですよね。あれはただ波長があっただけなんですけどね。仮にに霊をしょっちゃったときも(私そういう事良くあります)、それこそお経とかを唱えて成仏してもらえばそれで済むケースが大半なんですけどね。

でもやっぱり青山霊園は、気味が悪くて(笑)、あまり近寄りません。
by ももなーお (2009-04-16 10:02) 

ChinchikoPapa

カーラ・ブレイのカリスマ性というのは、どこから生まれてくるのでしょう。まるで、巫女のように感じることがあります。nice!をありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 13:45) 

ChinchikoPapa

SILENTさん、コメントとnice!をありがとうございます。
青山墓地には管理事務所があるのですが、そこでうかがいましたところ、参拝者にお墓を「公開」してもいい・・・というお宅と、墓所の所在区画を教えないでくれ・・・というお宅とがあるようです。吉田家は後者のようで、霊園マップにも収録されていません。なにか、墓石にイタズラされた事件でもあったのでしょうか。
さまざまな人々が眠る広大な青山墓地ですが、「非公開」のお墓を見つけるのは、たいへんそうですね。埴谷雄高の墓も、マップで「公開」されていなければ、まず見つからなかったと思います。
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:03) 

ChinchikoPapa

最近、提灯は見かけなくなりました。祭礼提灯はいまでも見かけますけれど、日常生活ではまったく見なくなりました。雪洞はときどき見ますが、たいがいはプラ製のもので、伝統工芸ではないですね。nice!をありがとうございました。>一真さん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:09) 

ChinchikoPapa

sigさん、コメントとnice!をありがとうございます。
多磨霊園もそうでしょうが、青山霊園もよく晴れた日に散歩しますと、なんだか空が拡がる公園に来たようで、お弁当でも食べたくなりますね。コンロを5つも持ち込んで、次々と鍋を煮ていたのにはさすがに驚きましたが。^^;
「江戸写し絵」の投影機材を、最近、銀座のフィルムセンターで見ました。ときどき「日本活動写真史」などの企画展などで展示されるようですが、やはり“達磨くん”の絵が展示されていました。
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:22) 

ChinchikoPapa

うちで飼っているネコは、産まれたてを近所で拾った三毛トラなのですが、黒ネコもかわいいですね。うまく、黒ネコが捨てられているかどうかが問題なのですが。^^ nice!をありがとうございました。>漢さん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:26) 

ChinchikoPapa

ヴェニスの周海に、海底からせり上がる防波堤を計画中と聞きました。ものすごい大掛かりなプロジェクトですけれど、なんとか水没をまぬがれれば・・・。nice!をありがとうございました。>shinさん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:31) 

ChinchikoPapa

もう、竹林のそよぎと、青竹のいい香りが匂ってきそうな、すばらしい写真です。
nice!をありがとうございました。>tasuchanさん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:33) 

ChinchikoPapa

ももなーおさん、コメントをありがとうございます。
わたしは「霊感」とか「ものの怪」とか、まったく感じない体質だし、「幽霊」など信じないタイプのはずだったのですが、目白・下落合界隈で歴史を掘り起こすために、古いお宅などへよくお邪魔するようになってから、科学的な視点や理屈では説明でず、どうしても割り切れないことに遭遇しつづけています。^^;
青山墓地も実は内心、怖るおそる出かけたのですがなにも感じず、意外にも気持ちがよかったです。夜になると、わかりませんが・・・。ww
by ChinchikoPapa (2009-04-16 14:51) 

ChinchikoPapa

街の靴、玄関に飾りたいですね。でも、とてつもなく大きいサイズなのでしょうか。w
nice!をありがとうございました。>ponchiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 16:04) 

りえ

ChinchikoPapaさん、こんにちは!
先月末の日曜日、青山ユニマット美術館(3月で閉館になりました)に行った帰り、青山墓地が近いとわかったので、初めて散歩に行ってみました。墓地への道は石屋さんが何軒かあって、むむむ近いぞ墓地と思ったり、入り口の花屋さんが相当古い木造で、青山にもこんな家が!と新鮮でした。霊園事務所で園内マップをもらう考えに至りませんでしたので、真ん中の道を真っ直ぐ歩いただけです。桜は三分咲きでした。でもシートでお花見のグループがいくつかありました。墓石のすぐ隣にシートひいてお花見ってと思いましたが、翌週は満開だったからもっとシートがあったんでしょうね。
by りえ (2009-04-16 16:17) 

ChinchikoPapa

りえさん、コメントをありがとうございます。こんにちは!
石屋さんや花屋さん、そして小さなお寺も江戸期よりはかなり減っていますが、まだ周囲にはポツポツと残っていますね。あれだけ広い青山墓地にもかかわらず、住宅街の中を少しウロウロと探してしまいました。外苑側からよりも六本木側からのほうが、国立新美術館への斜めの道を入れば目の前ですので、わかりやすいでしょうか・・・。
青山霊園管理事務所の方はとても親切で、園内マップ(数種類あります)を手にいろいろと説明してくれました。代表的な歴史的墓所をめぐる初心者マップ、効率よく園内の有名人墓所をめぐる散歩マップ、墓ヲタクな人たち向けの濃いお墓めぐりマップの3種類です。いちおう、3種類ともいただきました。^^;
わたしが見た宴会は、お墓の中にブルーシートを敷き、そこへコンロを並べて鍋大会をしていたお花見客です。まあ、眠っている方々も、眠りっぱなしでは退屈でしょうから、たまにはこの世の大騒ぎを見物するのも一興ではないかと。w
by ChinchikoPapa (2009-04-16 16:52) 

ChinchikoPapa

人造湖とは思えない、とても自然で美しい風情ですね。
nice!をありがとうございました。>今造ROWINGTEAMさん
by ChinchikoPapa (2009-04-16 23:44) 

ChinchikoPapa

目白崖線と同様に、本郷台地のあちこちにもオバケ坂や幽霊坂があって、坂の由来が興味深いですね。こちらにも、nice!をありがとうございました。>kurakichiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-18 12:15) 

アヨアン・イゴカー

浪漫的な怪談ですね!気に入りました。
by アヨアン・イゴカー (2009-04-19 18:21) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントとnice!をありがとうございます。
この怪談話、いろいろなバリエーションがあるみたいで、それを研究するのもフォークロアの拡がりを含めて、とても面白いんですよね。^^
by ChinchikoPapa (2009-04-19 21:16) 

ChinchikoPapa

こちらにも、nice!をありがとうございます。>Kimukutaさん
by ChinchikoPapa (2009-04-19 21:18) 

ChinchikoPapa

ごていねいに、たくさんのnice!をありがとうございました。>takagakiさん
by ChinchikoPapa (2009-04-22 20:35) 

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