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1916年(大正5)に記録された落合村の民俗。 [気になる下落合]

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 1916年(大正5)の落合村の風景は、明治期から華族や政治家、財閥、おカネ持ちの別荘地として東部の一部が拓けていた以外、江戸近郊の農村地帯の風情をそのまま残していただろう。旧・神田上水Click!や妙正寺川(北川Click!)の周囲には稲田が拡がり、そこから眺める目白崖線には鬱蒼とした雑木林が繁っていた。
 いまだ数が少なく、赤土がむき出しで滑りやすい坂道を上ってようやく丘上に出ると、一帯には畑か草原が拡がっており、ところどころに屋敷林に囲まれた大農家や小規模な墓地が点在している。ところどころに見えるこんもりとした雑木林の下には、大小の谷戸が口を開け、関東ロームの地層から露出した東京層Click!付近からは清水が噴出していた。その清水で形成された湧水池が、落合村のいたるところで澄んだ水面をたたえ、ときおり近所に住む農家のおかみさんたちが農作物を籠に入れて背負い、洗い場Click!と呼ばれた池で野菜を洗っている姿が見られただろう。
 南側を眺めながら、目白崖線の丘上を歩いていくと、麓には村の総鎮守である下落合氷川明神Click!の杜が見え、山腹には薬王院Click!の大きめな灰色の屋根と茅葺きの太子堂Click!が見え隠れしている。旧・神田上水の浅瀬で水浴びしている馬は、目白駅(地上駅)Click!前にある古口運送店Click!の飼い馬たちだろうか。川面がキラキラ光り、大きく蛇行する神田川に架かる田島橋の向こうには、3年前に建てられたばかりの独特な意匠をした目白変電所Click!のコンクリート建築が見え、変電所までつづく東京電燈谷村線Click!高圧線木製塔Click!が、西のほうから田畑の中に建ち並んでつづいている。
 旧・神田上水と妙正寺川が落ちあう向こう岸には、一面の麦畑の中に福室軒牧場Click!の乳牛だろうか、放し飼いにされているホルスタインClick!が何頭か点のように小さく見え、その左側には月見岡八幡社Click!の藁葺き屋根が木立ちに囲まれてチラリとかいま見えている。また、牧場のやや右手にある深い森の中には、光徳寺Click!の堂宇が、少し離れて最勝寺Click!が建っているはずだ。そして、はるか彼方の上高田との境界あたりに、落合火葬場Click!の高い煙突がかすんで見えている……。
 1916年(大正5)に豊多摩郡役所から出版された『豊多摩郡誌』には、当時の落合村の風情や民俗が採取されている。今日の落合地域からは想像できない、昔ながらの江戸東京の近郊風景が展開していた。その紹介文を、少し引用してみよう。
  
 風俗 村内土着の民は一般に淳朴(ママ)にして、旧幕時代の組合今も其俤を存し、隣侶相助くるの美風あり、衣食住また質素なるも、近時移住し来れる都人士多きを加へ、従て風俗漸く華奢ならんとす。 信仰 村内の寺院は尽く真言宗なるを以て、従来の住民は殆ど全部同宗の檀徒たり、近来耶蘇教天理教等の伝道を試むるものなきにあらざるも、未だ著しき勢力を認むるに至らず。
  
 近衛町Click!の開発前、目白駅(地上駅)前の丘上には近衛篤麿邸Click!が、目白通りをはさみ北側には戸田康保邸Click!(徳川義親Click!が転居してきて自邸Click!が竣工するのは1934年)が建っていた。近衛家が所有する谷戸には、若山牧水Click!が目にした「落合遊園地」Click!という碑が建立されたままで、いまだ周囲から林泉園Click!とは呼ばれていない。
落合地域1880東.jpg
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福室軒牧場牛.jpg
 御留山Click!に目を向けると、前年(1915年)に竣工したばかりの豪華な相馬孟胤邸Click!がそびえ、少し西に目を移せば岬のように突き出た西坂Click!バッケ(崖地)Click!上には、徳川義恕邸Click!の大きな西洋館が建っていた。徳川邸の南崖下、下落合では本村(もとむら・ほんむら)のエリアである旧・安井息軒邸Click!の西側に、軍人らしい質素さでこじんまりした川村景明邸Click!が見えていただろう。
 相馬孟胤邸と徳川義恕邸の中間にあたる、鎌倉期に拓かれた七曲坂Click!には、翌年(1917年)の竣工をめざす大島久直邸Click!が建設中で、足場が組まれた西洋館の尖塔のある特徴的な大屋根Click!ができあがっていただろうか。その北側には、大倉山(権兵衛山)Click!の丘上にあたり伊藤博文Click!の別荘があったという伝承が残る一画に、箕作俊夫邸Click!が瀟洒なたたずまいを見せていただろう。
 落合村にあった真言宗の寺院とは、薬王院と最勝寺、自性院Click!、光徳寺の4寺だ。蘭塔坂Click!(二ノ坂Click!)上には、いまだ大日本獅子吼会Click!(日蓮宗系)は移転してきていない。また、「耶蘇教」(キリスト教)の教会は、明治末に竣工した清戸道Click!(目白通り)沿いの目白福音教会Click!はあるが、東京同文書院Click!(目白中学校Click!)の斜向かいにあたる目白聖公会Click!は、まだ設置されておらず病院施設のままだ。目白駅(地上駅)前や、目白通り沿いにはようやく企業や商店が増えてきたが、いまだ江戸期からの繁華街である椎名町界隈Click!(現・山手通りと目白通りの交差点あたりを中心とした東西の街道筋)のほうが賑わっていただろう。
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吉屋信子「牛」.jpg
 『豊多摩郡誌』から落合村の風情を、つづけて引用してみよう。
  
 遊芸 従来農村部落なりし本村にありては、遊芸等の流行を見ず、学校の女児の如き師に就て之が修得を為すものなし、但近来移住し来れる都人士中にありては琴曲其他の音楽趣味の喜ばるること、都会の風と異なるなし。 衣食住 一般に質素にして、近年移入せる都人士一部を除くの外、平常は綿衣を着け麦飯を用ふるを例とす。旧来土着の民家にありては、住宅物置等多くは茅葺にして、左方に入口を設け土間を広く取りて農業用に便せり。  村内の鉄道線路に近くして市街化したる部分を除き、旧来の住民は今尚ほ一ヶ月遅れの盂蘭盆及び正月をなす、是を月おくりの盆、正月と称ふ。
  
 「都人士」という言葉が頻出するが、これは東京市街地から武蔵野Click!の緑が多く、自然環境が保全されている郊外へ移住してきた市民たちのことをさしている。
 1922年(大正11)に目白文化村Click!近衛町Click!の販売がスタートしてから、あるいは関東大震災Click!以降に市街地からドッと移住者が押し寄せてきた“民族大移動”とは異なり、まだ落合村が牧歌的な時代のことだ。この時代、落合尋常小学校Click!(現・落合第一小学校Click!)に通っていた子どもたちは、下校すると習いごとどころではなく、家の用事=農作業を手伝わされていたのだろう。
 1916年(大正5)現在、移住してきた「都人士」には、目白駅(地上駅)前の丘上にアトリエをかまえていた熊岡美彦Click!、のちに豊玉水道Click!の落合町水道組合員を引き受けることになる下落合435番地の舟橋了助Click!夫妻、落合遊園地の北側にアトリエを建てたばかりの下落合464番地に住む中村彝Click!笠井彦乃Click!がアトリエを訪問していたとみられる下落合370番地の竹久夢二Click!、そして旧・伊藤博文別邸があったとされる敷地の斜向かい、大倉山ピークに近い下落合323番地には東京美術学校Click!森田亀之助Click!も住んでいただろうか?
 目白通りの北側、下落合540番地の大久保作次郎アトリエClick!の近くにあった茅葺きの「百姓家」には、大阪の小出楢重Click!が一時期住んでいたが、大久保作次郎が引っ越してくるのは2年後なので、まだ小出楢重の「行き倒れ」Click!物語は生まれていない。
 風習で興味深いのは、いまだ暦が江戸時代のままだったことだ。正月を2月1日(旧正月)に祝い、8月中旬(旧盆)に迎え火を焚いていたのだろう。落合地域に限らず現代の新宿区では、さすがに1月1日が正月で、7月中旬には街中で僧侶の姿を多く見かけ、8月中旬は地方で旧盆を迎える人たちのために「夏休み」、あるいは古い人々には「藪入り」Click!と呼ばれている。
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佐伯祐三「洗濯物のある風景」1926.jpg
 大正初期には、「麦飯を用ふるを例とす」とあるが、現代の下落合住民であるわたしも、麦飯や雑穀米を常食としている。健康を考えてのことだが、当時は白米を節約し質素な食生活を送るための、江戸時代からつづく変わらぬ食習慣だったのだろう。

◆写真上:最近、東京牧場Click!が復活したのか下落合駅前にいる大きなガンジー種。
◆写真中上は、1880年(明治13)の1/20,000地形図にみる落合地域の東部と西部。は、上落合の南耕地にあった福室軒牧場のホルスタイン。
◆写真中下は、1910年(明治43)の1/10,000地形図にみる落合地域の東部と西部。は、吉屋信子Click!が1928年(昭和3)の夏に中ノ道(現・中井通り)の西武電鉄沿いで撮影したホルスタインClick!で、線路向こうにある牧成社牧場の乳牛だとみられる。
◆写真下は、1918年(大正7)の1/10,000地形図にみる落合地域の東部と西部。は、1926年(大正15)に制作された佐伯祐三Click!連作『下落合風景』Click!のうち「洗濯物のある風景」Click!だが、洗濯物をホルスタインだといい張る美術家の方がいる。w

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