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高田町の商店レポート1925年。(11)菓子屋 [気になるエトセトラ]

婦人之友社.JPG
 自由学園Click!高等科2年の奥村數子は、お菓子屋のガラス戸をガラリと開けて入った。さっそく「いらつしやいませ」と声がかかったが、相手が自由学園の女学生Click!による取材だとわかると、あからさまにイヤな顔をされたらしい。調査員の女学生がいつ顧客に、しかも近所のお得意になるかわからない……というような想像力は、この菓子屋の主人にはなかったようだ。
 奥村數子の文章によれば、「向ふではお客様だと思つたのに邪魔な者が飛び込んだなと云ふやうな顔をした」と書いているので、最初から自由学園の町内調査Click!を快く思っていなかった店らしい。それでも、女学生からの質問にはしぶしぶと答えているようなので、「米屋」Click!の記事に登場した本科1年生の女子いわく、「このうち変なのよ。怒つてるの」の床屋のように、断固とした調査拒否ではなかったようだ。
 以下、菓子屋の主人とのやり取りをそのまま再現した様子を、1925年(大正14)に自由学園から出版された『我が住む町』Click!(非売品)から引用してみよう。
  
 『お菓子ですか、それは製造元から問屋にやり、問屋と小売との間に仲買と云ふものがあつて、その手を経て私等の所に来るんです。』
 『それなら仲買と云ふものはどの位手数料を取るのですか。』
 『まあその物の五分ですね。』
 『仲買の手を経ずに直接問屋に買ひに行くことは出来ないのですか。』
 『小売商が直接行つても、そんなに安くはしてくれません。結局同じで、仲買からとる方が手間だけ徳(ママ:得)な訳です。唯現金で買ふのが徳(ママ)なだけです。手前共はすべて現金です。』
 『お宅では何が一番売れますか。』
 『矢張り餅菓子類ですね、その餅菓子類はすべて自家でつくります。餅菓子類なんかはアンコが第一ですからな。この近所では家のアンコがいゝと云つて、毎日沢山買ひに来て下さいます。それは手前共の自慢なのです。』
  
 主人は、一般的な菓子の仕入れルートについて説明しているが、現在ではこのルート自体が崩壊しつつある。製造元から、問屋や仲買を経由しないでいきなり小売商にとどけられたり、菓子の種類によっては製造元から直接消費者に配送されるルートがあたりまえになりつつある。ネット通販の普及で、一気に「中抜き」販売が拡大したからだ。
 ただし、主人も会話の中で触れているが、その店ならでは餅菓子類をはじめとする日もちのしない自家製菓子は、その店まで出向かないと手に入らないので、和洋を問わず菓子店がなくならない大きな理由なのだろう。レコード屋や取次店を含めた本屋はネットに駆逐されそうだが、オリジナルな和洋の菓子屋は消費者の嗜好が大きく変わらないかぎり、これからも営業しつづけるにちがいない。
 わたしは、それほど甘い和菓子は進んで食べるほうではないが、下落合で美味しいと感じた店は、残念ながら創業100年で閉店してしまった学生時代からお馴染みの「ますだや」Click!さんと、目白文化村Click!とともに歩んできた第一文化村西端に開店している創業84年の「千成」Click!さんだ。いずれも、桜餅Click!の仕上がりが秀逸だった。
長命寺(桜餅).jpg
今川焼き.jpg
 さて、菓子屋の主人と女学生との間で、餅菓子の「古い新しい」の話題がでたところで、すでにご紹介Click!している「お客様と云ふのは案外人のよいもので……」という、商売上手な主人の言葉がつづくことになる。他店よりも、値段を高くすると「手前共のはアンコがいい」と“付加価値”らしきことをいえば、消費者は納得して買っていく……というくだりだ。同業の他店に比べ、少しぐらい値段を高くしても、お客は「買ひつけた店を好むものですよ」という主人の答えに、女学生は物価が高い高いといいながら高田町民は「それに甘んじて居るのですね」と半ば呆れている。
 自家製の和菓子に対し、製菓工場でつくられたビスケットやキャラメルは、その店ならではの“付加価値”トークがまったくできないので、「一番つまりません」と答えている。自家製の菓子が2割前後の利益に対し、既製品の菓子は5分のもうけがせいぜいだったらしい。つづけて、菓子屋の主人の話を聞いてみよう。
  
 『利益は物によつて違ひますが、まあ二割ですね。餅菓子類ですと五銭の物なら、一銭五厘は口銭ですからなあ、でも二割と申しましてもその中に袋代やなんか引かれますし、結局一割八分位でせう。』
 売上げ額のことをきくと、/『さあそいつは困りましたなあ、今頃はまあいゝですが、夏場になると上つたりですよ、餅菓子類なんか腐りますからね。』
  
 主人の話で面白いのは、以前にも引用した「探偵」を使って他店の菓子(新製品)を探らせることが、頻繁に行われていたらしい点だ。
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 ある店ならではの、オリジナルの菓子が開発されると、さっそく「探偵」を雇い調査・購入させて新製品を研究し、すかさず同様の菓子を店頭に並べていた。この製品コピーのケースだと、他店よりも安く売ることで利益を上げていたようなのだが、せっかく苦労してアイデアを練り新製品を開発した店では、たまったものではなかったろう。
 高田町で開店していた菓子屋は、駄菓子屋も含めると214軒にものぼり、1軒の菓子屋につきわずか33戸の家庭が支えていたことになる。そのような競合市場では、少しでも製品やサービスをよくして、他店との差別化を図るのが商売上の基本だが、差別化を試みるたびに他店から模倣されていたのでは健全な競争にはならない。どこの店へ入っても、同じような製品やサービスだったら目新しさや新鮮さがなくなり、やがて消費者は飽きてしまうだろう。
 遠からず高田町の菓子屋は、店舗の蝟集環境から共倒れになるか、再び新天地を求めてより郊外の街への移転を考えた店も、少なからずあったにちがいない。女学生が取材した店が、その後どうなったのかは不明だが、より美味しい菓子を開発して客数を増やしたいというプロ意識ではなく、「優しくて素人にも出来る」商売だからとこぼす主人の様子から、ほどなく高田町から淘汰されてしまったような気がするのだ。
 「夏場になると上つたり」と答える主人だが、当時は電気冷蔵庫や冷凍庫が個人商店では容易に導入できないので、ことに夏季には今日の菓子屋のように、バラエティに富んだ涼しげな製品を店頭に並べることがむずかしかった。いまでもそうだが、暑い盛りに熱いお茶とともにアンコが入った餅菓子を食べたいとは、誰も思わないだろう。
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音楽授業1927.jpg
 アイスクリームやかき氷が、高級喫茶店やホテル、レストランだけでなく、街中にある菓子屋の店先でふつうに食べられるようになり、「夏場になると上つたり」な状況を解消できるのは、もう少し時代が下った昭和に入ってからのことだ。さて、次回は店舗インタビューの最終回、高田町の大きな「荒物屋」を訪ねた女学生の取材をご紹介しよう。
                                  <つづく>

◆写真上:大正期の羽仁吉一・もと子夫妻の邸跡に建つ婦人之友社。
◆写真中上は、大江戸の向島は隅田堤で有名な元祖サクラ餅の「長命寺」Click!は、神田と日本橋の境を流れる龍閑川(暗渠化)に架かる今川橋のたもとで1770年代に発明された「今川焼き」。幕末から明治期にかけ、江戸東京から全国に広まった。
◆写真中下:いまも昔も見つけると、子どもたちが突撃する駄菓子屋の店先。
◆写真下は、下落合の近衛秀麿Click!が自由学園に依頼して結成された日本初の本格的な女声合唱団。近衛秀麿指揮+新交響楽団Click!+自由学園で、交響曲第9番(ベートーヴェン)や天地創造(ハイドン)、交響曲第3番(マーラー)、「イゴール公」(ボロディン)、「大礼交声曲」(近衛)などが東京各地で毎年演奏された。なお、自由学園の校歌『自由を目指して』は近衛が作曲している。は、1927年(昭和2)に撮影された音楽の授業風景。

読んだ!(27)  コメント(33) 
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読んだ! 27

コメント 33

ChinchikoPapa

飲みすぎて記憶が飛ぶことはないですが、許容量を超えると頭痛がして眠くなります。もともとアルコールに強くないのでしょうね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ピストンさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 10:50) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>鉄腕原子さん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 10:50) 

ChinchikoPapa

C.ヘイデンのアルバムで、5本の指に入るのがこの『The Ballad of The Fallen』です。米国版は、ジャケットデザインを変えましたね。以前の、白地にネームのシンプルなデザインが好きです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>xml_xslさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 10:54) 

ChinchikoPapa

都バスの「白61」は、ときどき四谷や曙橋、江戸川橋などから下落合へもどるときに利用します。拙サイトでもときどき登場する、戦前の東環乗合自動車時代からの路線ですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 10:59) 

ChinchikoPapa

時代が一気に50年以上もどってしまった、1960年代の米国を想起させる混乱状況です。こういう制作状況を、文字どおり「反動」というのでしょうね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kiyokiyoさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 11:02) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ありささん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 13:06) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございます。>かんたんお小遣いかせぎさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 13:06) 

ChinchikoPapa

街中は、ほとんど元の状態に戻りつつあるようですね。わたしも、ほとんどリモートワークだったのですが、宣言期間中にやむを得ず打ち合わせに出たときは、山手線の1車両にわたしを含めてたった3人という、生まれてこのかた見たことのない光景を目にしました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>芝浦鉄親父さん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 15:16) 

ChinchikoPapa

ずんぐりむっくりした、胴体の機影ですね。B29の迎撃戦闘機として、あちこちの資料に登場します。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ずん♪さん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 15:21) 

ChinchikoPapa

加藤茂雄さんは、知りませんでした。よく見る俳優なのだけれど、名前を知らない方が、昔の映画やドラマにはたくさんいましたね。藤真利子というと、ちょっとエゴイスティックでヒステリックな役どころ、『悪いやつら』(野村芳太郎監督)の夫を謀殺する妻のようなイメージが浮かんでしまいます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>いっぷくさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 19:50) 

ChinchikoPapa

うちの娘が、盛んにマスクづくりを頼まれて作っていたようですが、どうやら一段落したようです。ただし、第2波に備えてストックは作っておいたほうがよさそうですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ぼんぼちぼちぼちさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 23:42) 

ChinchikoPapa

山形は日本屈指の米どころですので、主食の米作ばかりでなく酒米にも期待しちゃいます。そういえば、きょうの山形空港ではJAL便の再開で、サクランボが配られてようですね。これからは、山形のサクランボも楽しみです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>skekhtehuacsoさん
by ChinchikoPapa (2020-06-19 23:48) 

ChinchikoPapa

昨年、家の大がかりなリフォームをしてもらったのですが、耐震構造の補強をしました。といっても木造ですので、壁を壊して筋交いの数をかなり増やしただけなのですが。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>サボテンさん
by ChinchikoPapa (2020-06-20 00:20) 

ChinchikoPapa

「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>@ミックさん
by ChinchikoPapa (2020-06-20 11:16) 

ChinchikoPapa

いま、プラムを買って熟すのを待っているのですが、赤みの具合と食べどきがむずかしいですね。赤くなったからとかぶりつくと、まだまだ酸っぱかったりします。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>hirometaiさん
by ChinchikoPapa (2020-06-20 11:19) 

ChinchikoPapa

神田川端の湯島にある孔子廟と、台湾の孔子廟は国民性の違いでしょうか、まったく趣きがことなりますね。質実で地味な湯島の孔子廟ですが、台湾のはカラフルさに驚きます。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>ryo1216さん
by ChinchikoPapa (2020-06-20 16:58) 

ChinchikoPapa

このところ林の下草や庭先に、ドクダミの白い花が目立っていましたが、踏み分けると初夏らしい独特の強い香りがしますね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>simousayama-unamiさん
by ChinchikoPapa (2020-06-20 21:47) 

ChinchikoPapa

「ギブス」のPVが懐かしかったです。確か、このDVDはどこかにありました。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>(。・_・。)2kさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 11:48) 

ChinchikoPapa

東京も、日本中のどこの街とも変わらない1地方だと思いますので、まるで全国レベルの選挙のように扱われるのが気に入りません。残念なのは、「地方政治」や「地方文化」、「地方色」の尊重などといわれながら、この街の歴史や文化、風俗、習慣などを知悉しない人間が代表に選ばれ、それらを斟酌せずに延々と打(ぶ)ちこわしてきた経緯を考えますと、今回も残念な候補者の顔ぶれです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>kazgさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 12:07) 

ChinchikoPapa

ほんとうに感染者が少ないのか?…という課題がありますね。たとえば東京の1900人余の無作為検査と、欧米の10万人単位の無作為検査とでは、統計学的にいえばまったく比較にならない百分率の指標です。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>U3さん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 12:10) 

ChinchikoPapa

キキョウと山道で出会うリンドウの青は、目が醒めるようで好きですね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>yamさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 12:14) 

ChinchikoPapa

ご訪問と「読んだ!」ボタンを、ありがとうございました。>ネオ・アッキーさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 12:16) 

ChinchikoPapa

アンケートで90%以上の生徒が、自宅にあるなんらかのデバイスで授業を受けられる環境であると回答しているにも関わらず、「不平等になるから」といういまどき信じられないほどうしろ向きの理由だけで、公立校はネット授業を実施しないですね。「不平等になる」ではなく、「どうすれば平等にできるか」を考えるのが、あなたがた教育者の仕事だというのがわからないようです。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>step-iwasakiさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 20:07) 

ChinchikoPapa

ナカバヤシというアルバムを思い浮かべてしまいますが、プリント写真がなくなってしまった今日、いろいろな事業にチャレンジしてるのでしょうね。「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>takaさん
by ChinchikoPapa (2020-06-21 21:42) 

ChinchikoPapa

マスクなどの着用は煩わしいですが、いよいよ講座の再開ですね。
「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>fumikoさん
by ChinchikoPapa (2020-06-22 10:02) 

ChinchikoPapa

こちらにも、「読んだ!」ボタンをありがとうございました。>NO14Ruggermanさん
by ChinchikoPapa (2020-06-23 10:31) 

アヨアン・イゴカー

近衛秀麿が、このようなことをしていたのですね。
日本初の女声合唱団とは、素晴らしい。
1927年頃であれば、国立音大や武蔵野音大の前身が創立されるころですね。
by アヨアン・イゴカー (2020-07-11 14:33) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントと「読んだ!」ボタンをありがとうございます。
わたしも、自由学園を調べていて初めて知ったのですが、日本初の女声合唱団が同学園にあったとは驚きです。大正期の女学校とはいえ、「良妻賢母」の教育ではなく、その対極にある女性の自立と「職業婦人」をめざす、今日の大学と同等の高等教育が目的の学校ですので、まだ他にも「初めて物語」が眠っているのではないかと思います。
by ChinchikoPapa (2020-07-11 17:04) 

サンフランシスコ人

「わたしは、それほど甘い和菓子は進んで食べるほうではない...」

サンフランシスコで、Japanese sweetsの人気が出始めているのですが..
by サンフランシスコ人 (2022-12-24 07:01) 

ChinchikoPapa

サンフランシスコ人さん、コメントをありがとうございます。
日本人と米国人では、「甘味」の味覚自体に大きなちがいがあるように思いますが、和菓子のなにが人気なのでしょう。
by ChinchikoPapa (2022-12-25 10:26) 

サンフランシスコ人

「味覚自体に大きなちがいがある....」

伊藤園の日本茶飲料との相性が良い和菓子が人気....日系ドーナツも人気....
by サンフランシスコ人 (2022-12-28 05:21) 

ChinchikoPapa

サンフランシスコ人さん、コメントをありがとうございます。
三温糖や和三盆の甘さに、米国人の口が慣れたのかもしれないですね。
by ChinchikoPapa (2022-12-28 10:12) 

サンフランシスコ人

「サンフランシスコで、Japanese sweetsの人気が出始めているのですが.....」

2022年12月.....日本町の飲料水・食品をJapanese sweetsと呼んでいる....

「米国人の口が慣れたのかもしれないですね....」

違う人.....原爆崇拝の白人の爺さん婆さん達がくたばった...
by サンフランシスコ人 (2022-12-29 01:51) 

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