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AIで登場人物がリアルに感じられるか?(下) [気になる下落合]

中村彝1920_color.jpg
 前回Click!に引きつづき、今回は室内の採光があまり十分でないモノクロ写真類について、当該のAIエンジンでテストしてみよう。ここでは、画面の粒子が精細な画像と粗い画像でのカラー化との比較も試みてみたい。
 まず、下落合の近衛町Click!にあったアトリエClick!安倍能成Click!をモデルに『安倍能成氏像』(1944年)を制作する安井曾太郎Click!のモノクロ写真だ。ご覧のように、アトリエ内は薄暗く写真の粒子も荒いためか、AIによるカラー化はほとんど顔面のみで、ほかの部分はモノクロ写真とほとんど変わらないのがわかる。同様に、室内撮影ではないが御留山Click!相馬邸Click!で撮影された相馬順胤・孟胤家の家族記念写真Click!も、もともと写真の粒子が粗いために大正期の人着写真のような仕上がりになっている。ただし、着物の色はうまく認識して再現されているようだ。
 さらに、通常の雑誌や新聞などに掲載されているモノクロ写真をカラー化しようとすると、画面の粒子が粗く灰色のトーンが多諧調でないため、AIエンジンがとまどって判断不能となり、古くなって変色してしまった昭和のカラープリントのようになってしまう。1927年(昭和2)に新宿紀伊国屋の2階で開かれた、佐伯祐三Click!による初の個展写真をカラー化したが、フラッシュが焚かれているにもかかわらず白黒写真がセピア色の写真に変わっただけで、カラー化はほとんどなされていない。写真の粒子が粗いと、モノのかたちや色彩を認識するのが困難で、AIがとまどって判断を保留している様子が透けて見える。
 ただし同じ雑誌ページの写真でも、粒子が細かくディテールがはっきりしている室内写真は、色の再現が比較的スムーズに行われている。佐伯祐三の死去後、佐伯米子アトリエClick!となっていた室内写真は、かなり細かな色の再現に成功している。ソファはバラ柄でピンク、テーブルクロスも濃いピンク、手前に置かれた太い格子縞の丸椅子クッションもピンクと、どこか米子夫人の“趣味”を感じさせるが、面白いのは第1次渡仏で佐伯夫妻がパリから土産に持ち帰ったソファ上の“男人形”だ。この人形の写真は、モノクロでしか見たことはないが、そのシルクハットが赤か茶系統に再現されているように見える。
 いつだったか、この“男人形”と“女人形”を2体並べて描いた佐伯の贋作を見たことがあるが、そこではシルクハットが黒で描かれていた。写真の写りがあまりに小さいので、シルクハットがほんとうに赤か茶だったのかどうかのAIの正確性が問われるが、このような側面からもモノクロ写真の色彩判断に、学習が進んだAIエンジンによる推論の有効性を感じる。余談だが、カラー化を通じてアトリエ奥の棚の上に、まるでトトロのような人形が置かれているのに気がついた。濃い茶色に再現されているのはタヌキの焼き物か、あるいは幼馴染みの陽咸二Click!あたりからプレゼントされた変わった色の招き猫だろうか?
安井アトリエ1944_color.jpg
相馬家_color.jpg
佐伯1927紀伊国屋_color.jpg
佐伯米子アトリエ_color.jpg
 さて、建物が写るモノクロ風景写真のカラー化に挑戦してみよう。たとえば、中村彝が庭に立つアトリエ写真(1920年)は、粒子が粗いものの人物や庭の風情はなんとかカラー化が成功している例だ。(冒頭写真) だが、鮮やかなオレンジあるいはエンジ色をした屋根の色彩判断がつかなかったようで、赤系統のカラーであることは認識できているようだが、色を抑えめに表現している。また、夏であるにもかかわらず、樹木や芝草の葉の色が黄色みがかっているのは、南から射す強烈な陽光のせいで、AIエンジンが光の照り返しか秋の紅葉かで迷ったのだろう。結果的には、秋に色づきはじめた草木のような雰囲気になってしまった。ピントが手前の樽あたりにあり、中村彝Click!がピンボケ気味だが、もう少し焦点が合っていたらよりリアリティのある人物表現ができたのかもしれない。
 次に、近衛町にある酒井邸Click!の庭写真をカラーにしてみよう。林泉園Click!つづきの深い谷戸をはさみ、相馬邸側の木々の葉が落ちているので、AIエンジンは明らかに晩秋か冬の情景だと認識しているようだ。したがって、枝々に残った色の薄い葉には紅葉あるいは枯葉のような色彩をほどこしている。学習不足で、樹木や草の種類までを認識しているとは思えないが、おそらくテラスにいる5人の人物たち(うち赤ちゃんは故・酒井正義様)は、かなり当時の色に近い再現ができているのではないだろうか。
 つづいて、同じ近衛町の南端にある学習院昭和寮Click!を撮影(1932年)した空中写真でテストしてみよう。カラー化を試みたが、ほとんどセピア色のモノクロ写真のような仕上がりだ。樹木はかろうじて深緑に彩色されているが、色が濃すぎてわかりにくい。また、近衛町に建つ家々の屋根や外壁も多彩な色をしていたと思うのだが、コンクリート造りの昭和寮Click!帆足邸Click!の白っぽい表現を除いては、どの邸宅もセピア色に近い。これは、対象物が遠すぎてAIに色の判断がつかなかったものか、あるいは学習院昭和寮を目立たせるため周囲の風景を意図的に暗くして現像・プリントしているせいで、AIが色を認識できるまでの明度や質感が得られなかった可能性もありそうだ。
 次に、御留山の「黒門」Click!をカラー化してみる。相馬邸の正門である黒門は、戦後のカラー写真Click!が残されており、ほぼモノトーンのこんな雰囲気の建造物だった。ただし、1915年(大正4)の新築で撮影されていることから、屋根瓦はもう少し灰色が濃くてもいいのかもしれない。カラー化への変換もリードタイムが短く、手前の砂利に薄灰色をほどこし、門の背後にある木々の葉をグリーンにしただけで、AIエンジンはあまり仕事がなかったのだろう。また、これはどの写真にもいえることだが、このAIエンジンは空の色に無頓着だ。人物や服装、室内の家具・調度などを中心に学習を積んでいるエンジンなのだろう。
近衛町酒井邸19310202_color.jpg
昭和寮上空1932_color.jpg
黒門1915_color.jpg
 次は、国際聖母病院Click!の敷地から見た西ノ谷(不動谷)Click!と、その丘上に建つ第三文化村Click!の家々だ。1935年(昭和10)前後の撮影だとみられるが、草木の表現はそこそこリアルなものの、家々の表現がイマイチだ。おそらく、草木が青々と繫っている季節に撮影されたように思われるが、前述の中村彝アトリエのカラー化と同様に、強い陽光が当たった部分は灰色のトーンが薄いせいか、色づいた葉や枯れた草のようなカラーリング処理になっている。周囲の情景や陽光の強さ、反射の強弱、家々の質感と光の反射のしかたなどを推論させ、季節を絞りこんでからそれに見あう彩色させるような、より統合的な学習をAIエンジンにさせる必要があるだろう。
 つづいて、アビラ村の島津源吉邸Click!の洋館部をカラー化してみる。このモノクロ写真は、粒子の精細さもあって美しく彩色できている。左手上空から射す、やや逆光気味の様子も樹木の光り方や、芝生への照り返しなどがよく表現されており、実際に島津邸を目の前にしても、およそこのような情景ではなかったかと思わせる。窓ガラスの反射や、ハーフティンバー様式の外壁の質感も十分に再現できているようだ。だが、快晴だったとみられる空の表現が薄曇りのような色彩のままで、やはり地上のカラー化に対して追いついていない。この陽射しであれば、上空は青空だったのではないだろうか。
 次に、上落合186番地の村山知義・籌子アトリエClick!をカラー化してみよう。屋根は、いちおう赤系統のカラーを認識しているし、外壁もクレオソートClick!が塗布された焦げ茶色で着色しているが、雑誌の写真でキメが粗いせいか、AIエンジンの推論も自信がなさそうだ。おそらく、建築領域が専門のこなれたAIエンジンを用いれば、より正確な色彩を推定して再現できるのかもしれない。いや、汎用のAIエンジンであっても、これから10年後20年後にはこのフォルムが村山アトリエであることを即座に認識して、相応のカラーリングをほどこせるようになっているのだろう。
 最後に、目白通り(長崎バス通りとのY字路)の賑わいを撮影した1932年(昭和7)のモノクロ絵はがき「大東京豊島区長崎町本通下」をカラー化してみよう。右手が下落合で左手が長崎の、いわゆる清戸道Click!に形成された街道沿いの椎名町Click!だ。もともとの写真が大判で、画面の精細度が高いせいか当時の街並みを彷彿とさせる、それらしい仕上がりになっている。当時の乗合自動車Click!(ダット→東京環状)は、屋根が銀灰色で黄色のストライプが入り、ボディは濃いグリーンだったカラーが再現されている。女性たちの着物や、店先の商品、ショッキングカラーのない当時の地味な藍染めで文字白抜きの幟やサイン類も、忠実に再現されているのではないか。ただ電柱が木製ではなく、今日のコンクリート製のような着色なのがちょっと気になるが、おしなべて当時の商店街はこのような雰囲気だったろう。
第三文化村_color.jpg
島津邸③_color.jpg
三角アトリエ_color.jpg
大東京_豊島区長崎町本通下1932_color_color.jpg
 以上、過去に拙サイトでご紹介した写真類を、AIエンジンを使ってカラー化の検証をしてみたけれど、その元となる原稿(モノクロ写真)の精細度や明度にもよるが、おしなべて当時の写真よりは鮮度が向上し、より生きいきとリアルな人物や場面、風景へと変貌して、われわれが生きる現代の延長線上に、これらの人々が生活し風景が展開していたのを、より親しく身近に地つづきで感じられるようになったのではないだろうか。もっとも、文中でも何度か触れたとおり、わたしが試用したAIエンジンは学習が初歩の段階・途上であり、これから爆発的にさまざまなテーマを学習するのだろうから、あくまでも現時点におけるいまだ稚拙なカラー化にはちがいない。来年になれば、より精度の高いリアルなカラー化が学習の深化で実現できているかもしれず、それほどICT+AIの技術は加速度的に進化をつづけている。
                                 <了>

◆写真:AIエンジンでカラー化を試みた写真は、すべて拙ブログで過去に掲載したもの。
おまけ
 額から外されたキャンバスを、じかに撮影させていただいた佐伯祐三「下落合風景」シリーズClick!の1作『セメントの坪(ヘイ)』Click!(1926年夏)を、一度モノクロの写真に変換し、再びAIエンジンを使ってカラー化した画面が以下のステップ画像だ。ほとんど色彩が再現されておらず、このAIエンジンはモノクロ撮影の絵画(2D)の再現性が苦手なのがわかる。これが美術に特化したAIエンジン(そのようなAIが構築されていれば)を用いれば、油絵の具の多彩な特性や発色、描かれたもののフォルムや色彩、それに画家の特性や画面のマチエールなどを豊富に学習し、より的確なカラー化の推論結果が得られるのではないかと思う。
カラー実画面→モノクロ画面変換→AIエンジン着色
セメントの坪(ヘイ).jpg
          
セメントの坪(ヘイ)モノクロ.jpg
          
セメントの坪_ヘイモノクロ_color.jpg
モノクロ印刷絵はがき(1930年協会展)→AIエンジン着色
セメントの坪(ヘイ).jpg
          ▼
セメントの坪_ヘイ_color.jpg

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アヨアン・イゴカー

AIも、人や植物以外は難しそうですね。モノクロは黒と白の二つの情報で、そこには色彩情報がありませんから、形を認識させて物体を特定し、特定された物体の一般的な色を選び出してきて再現する、という作業になるのかと想像します。
AIにとって不可能ではないかと思われるのは、形が曖昧で、描かれた対象が特定しづらい絵画や、意味不明の柄の多い優美な着物の再現です。
それでも、同一の作家の作品であれば、似たような作品についてはかなり再現してくれそうな気もします。
モノクロよりははるかに親しみがわきますので、これからより一層進化したAIが変換するモノクロ→カラー写真見てみたいです。
by アヨアン・イゴカー (2023-12-11 00:44) 

ChinchikoPapa

アヨアン・イゴカーさん、コメントをありがとうございます。
わたしも、美術領域の専門AIが整備されたとして、存在しなくなったモノクロ写真の抽象画やオブジェはどうするんだろ?……と思います。w たぶん、そのようなケースでは物質の質感や画面のマチエール、モノクロのトーンレベルを優先させて推論し、彩色するのではないかな?……と考えています。実は、村山知義のアトリエ内をカラー化している際、彼の背後に置かれたドイツ表現主義的ないくつかの作品画面の一部に色を乗せているケースがあり、なぜこの色に規定したのだろうと不思議に思っていました。近々、アトリエで裸で踊る村山知義とともに記事でご紹介しますね。
着物のケースですと、よほど奇抜な柄でない限りは、けっこうリアルに再生してくれそうな気がします。いつでしたか、奈良の新薬師寺にある十二神将像(着物ではなく甲冑ですが)の彩色を再現するのにAIが使われていましたが、それなりに専門学習させたエンジンを使えば、かなり絞りこめた表現が可能なのではないかと思いました。
これからの記事で、少しずつAI着色の写真が掲載できればと考えています。
by ChinchikoPapa (2023-12-11 11:15) 

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